58.春季休暇を終えて
レオノアはサミュエルたちに相談をしながら、逃げる準備もしながら春季休暇を過ごした。レオノアに計算外があったのは橙の魔法使いローガンと二人で会ったことにサミュエルがちょっと拗ねたことと、ローガンの忠告に彼が心配性を爆発させていたことだろうか。休暇中のほとんどの時間、サミュエルはレオノアから離れなかった。レオノアはそれを不快には感じなかった。薄っすらと「私はサミュエルに好意を持っているのかしら?」なんて考えるものの、目先の心配事が大きすぎてすぐに考えるのをやめてしまった。
春季休暇を終えると新学年だ。レオノアたちは二年に上がることになる。それと同時に新しく入学してくる者たちがいる。
今年の新入生には第二王子ラファエルがいるためか、騒がしい。その周囲には昨年と比べものにならないほど多くの者たちがいる。
第二王子ラファエル。
彼は第一王子ルーカスの異母弟だ。ルーカスの母が彼を産んで亡くなったあと、すぐに王宮に迎え入れられた現王妃の子。それゆえに前王妃の子であるルーカスよりもラファエルを次期王として担ぎ上げようとする人間は多い。
第一王子ルーカスは見事な金色の髪に金色の瞳の『金の魔法使い』だ。本来ならばその色が現れた時点で王家を継ぐものである。しかし、ここ数代、金色を纏う子が生まれなかったこと、それでも国は安定していたことから、『今こそ女神の加護と過去の英雄に頼る時代を終わらせ、真に人が統治する国になる時だ』という声が大きくなっていた。
(それって、『私たち』は『人』でないと言いたいのかしら、とか少し物申したい気持ちはあるけれど)
姿も見えない神や、英雄の影を追うのをやめるのはいい。だが、真に人が、という言い方が非常に不快だ。
しかし、その声が大きいからこそ第一王子は王太子ではないのだ。
騒ぎを遠巻きに見ながら、その状況では自分たちも危ういかもしれない、とレオノアは考え込んだ。
隠していてもレオノアは『赤』だ。そして、頼らないなどと言う割には六色の魔法使いを危険視する声を聞くようになってきた。
(私ですら、そんな話を聞くのだからそのうち魔女狩りのようなことをされる可能性があるわね)
じわじわと得体のしれない気持ち悪さが迫ってきている気がする。
すでに両親と弟の避難が始まっている。シュバルツ商会との縁ができたことは、レオノアにとって一番運が良かったことかもしれない。
レオノアは苦笑する。
苦労して習得した技術や研究の成果が『危険分子』と判断されそうなのが皮肉だ。
すでに逃げる準備は終わっている。レオノアも家族の避難が完了したという知らせが届き次第、この国を出ることになっている。
錬金術師として、だいたいの国でそれなりの需要はあるし、頼りになる友人もいる。だから、レオノアは期を待つことができた。
「あら、校外授業のお知らせ?」
教室に入ると掲示が出ていた。
魔法実技実習で魔法陣を用いて場所を移動する授業が行われる。実習班は休み前に決められたものだ。
行ったことのない場所には行けない、魔法陣を発動させる術者の魔力によって移動可能距離が決まる、そもそも描くこと自体の難易度が高いなど様々な制約はあるが非常に便利なものなので、習うことを楽しみにしていた。
レオノアも王都ダンジョンで一部修復をしたことがある程度だ。作り方をもっとしっかり勉強しておけばあのような危ない時でもある程度の対処が可能になるだろう。
(いざというとき、早く逃げられるように習得しておきたい技術だし……事前に調べておこうかしら)
レオノアはそんなことを考えながら、今日の予定を脳内で組み立て直した。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
逃げる準備はしてるけど、家族優先で気取られないように過ごしてる。