57.春の訪れは
逃げるように過ごしていると、あっという間に春期休暇が訪れた。
嫌がらせも恫喝も多かったが、そこまで傷つけられることがなかったのはレオノアが成績優秀者であり、犯人たちよりもよほど教師たちに気に入られていたからだろう。それでも退学や休学になる生徒は出なかった。レオノアが貴族令嬢であれば無事ではすまなかっただろう。
(一応、逃げ出す準備はしておいたけど……)
空間魔法内では物質が劣化することはない。だからこそ、金銭・食料・ポーション・予備の武器などを用意できている。けれど、いつ何が起こるか、そんなことレオノアにはわからない。
休憩のために入った喫茶店でお茶を飲んでいると、「少しいいかな」と声をかけられた。顔を上げると、美しいオレンジ色の瞳とかち合った。パッと光が散るような感覚がする。髪の色は普段と違うし、変装もしている。なのに、それが誰か当然のように理解ができた。
それは、『同類』を見つけた感覚だった。
今まで気にしていなかった、感じなかった感覚に戸惑っていると「やっとか」と呆れたような声が降ってきた。
「アウラ伯爵令息様……?」
「ローガンでいい。レオノア嬢」
彼は「座るぞ」と言って勝手に目の前に座ると、コーヒーを注文する。
「さて、あまり詳しいことをここで話すわけにはいかないが、いくつか忠告をしておくべきかと思ってな」
「……これ以上があるというの?」
すごく嫌そうな顔のレオノアを見たローガンは面白そうな顔をした。学園での彼女は常にだれにも興味がありませんとでも言うように、ほとんど表情を変えなかった。それゆえに諦めた男もいるほどだ。
(まぁ、モテに気づかなかった鈍いこいつだから、あの厄介女に目をつけられたんだろうけど)
コロコロと表情を変える今の彼女の方が魅力的だ。
ローガンにもそれは甘い毒のように感じる。ずっと近くにいて、関わり続けていたならば感化されていたかもしれない。
「まず、ガルシア家がお前の存在に気が付いたようだ」
「まぁ。面倒」
「……ハーバー家にはまだバレていないが、それを知れば」
「消しにきそうね」
ハーバー家には跡取りとなる男児が生まれたばかりだと聞く。けれど、その血筋はあくまで半分が平民。アマーリアの存在が表に出れば、彼女以外が後継になることは認められないだろう。そして、ガルシア家も本来当主になるべきは赤を継ぐ女。
多くの者にとって生きていると不都合になる女。それがアマーリアだった。
「別に今更貴族に戻ろうなんてこちらは全く考えていないのに」
「そうか?自分を殺そうとした者たちに手っ取り早く復讐する方法だろう?」
「今まで私は平民として生きてきたし、両親にも愛されてきたの。現状、あんな面倒な世界に舞い戻ってまで報復したいだなんて考えはないわ」
「なるほど。今が幸せならばそうかもしれないな」
目の前にいるローガンの苦笑に意味が分からないという顔をするレオノア。
ローガンが彼女に「苦労してきたのだろう」と思っていてもそれはそれで仕方がない話なのだ。知らない子どもをわが子として愛し、育て続けることは簡単なことではないし、善良な人間に拾われるというのも奇跡に近いだろう。
だからレオノアは家族を守りたいと思い、今の生活を続けている。
「家族に関してもそろそろ黒あたりにでも相談しておけ」
「……そうね。それは私一人でどうかできることではないわ」
家族に害が加えられる可能性を示唆されたレオノアは真剣な表情で頷いた。
春風は危ない変化と予感を彼女たちに運んで来ていた。
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レオノア「なんでみんなサミュエルに相談しろってしつこく言うのかしら。相談するけど……」
君がポンの子やからやぞ……!




