55.身の振り方
ルーカスとウィリアムの態度は普通だ。クラスメイトであるという以上の接触はないし、話すことも実習で必要な内容だけだ。結局、それを見ている多くの人間は「まぁ、それが普通か」と思うようになった。レオノアが特に媚びる様子がなく、最低限しか話さないからだろう。
それでも、マリアやその取り巻きは憎々し気にレオノアを見ていたけれど、ルーカスだけではなく、公爵令嬢オリビアの注意まで受けてしまったので手が出せない。
(今は来年度の実習に向けた簡単な実技のみだけれど、外に出る授業になったときが少し怖い気がするわ)
これからも、より一層地味に、そして勉学に励まなければ今見逃してくれている多くの貴族も敵に回る。立ち回りを間違えればあっという間に地獄に落ちる。平民が貴族を敵に回すというのはそういうことだ。彼らは自分たちに歯向かう者に容赦なく残酷になれる。
恋愛小説を読んでみたときも、どうしてヒロインが許されるのかがよく理解できなかった。身分を超えた恋愛など、よほどのことがない限りうまくいくはずがない。
(サミュエルに会いたい。ゆっくり話を聞いてもらったら落ち着く気がする)
学園での生活にうんざりしながら、こっそりと溜息を吐いた。
「あら、お疲れのようね?レオノア」
「イザベラ様」
後ろからひょっこりと現れたイザベラはなんだかとても楽しそうだ。思わずジト目で彼女を見ると、「あら、楽しいのだから仕方がないじゃない」とクスクスと笑った。これで悪意がなく、むしろ好意があるというのだから、レオノアは彼女のことがよくわからない。
「あの女が不快になればなるほど、わたくしは楽しくって仕方がないの。嫌いなのだもの」
「私は全然楽しくありませんけど。むしろ、何を仕掛けてこられるかわからなくて恐ろしい」
「短絡的だものね。けれど……現状は大丈夫ではない?」
ちらりと窓の外を見るイザベラは何かを見つけて、面白くて仕方がないという目をしている。
レオノアは気づいていなかったが、サミュエルは使役している魔物を使って彼女を守っていた。イザベラはレオノアよりも感知能力に優れている。
(やはり、幼い時から家庭教師がつけられる、というのは能力を養う上で必須なのかしら)
イザベラは黒の魔法使いが後ろにいることを察しながらそんなことを考える。彼女から見て、レオノアはあまりに未熟だった。逆に言えば、この魔力量と能力が『未完成』だということだ。それを思えば少し恐ろしくも感じる。
「あなたの騎士がきっとどうにかしてくれるわ」
意味が分からないというように首を傾げるレオノアにイザベラが微笑む。そして、そのまま去って行った。
「不思議な人ね……」
イザベラが聞いたら「あなたに言われたくないわね」と言われそうな感想を呟いて、レオノアは歩き出した。
廊下を歩いていると、オレンジ色の髪の青年とすれ違う。
「油断するな。逃げる準備だけはしていろ」
思わず振り向くと、すでに彼の姿はなかった。
今のは助言と取っていいのだろうか。レオノアは少し悩む素振りをしてから、もう一度歩き出した。
それが当たらなくても、何もなくてよかったと思えばいいだけだ。命を落とせば全てが無駄になる。
国を越える準備だけはしておこうと決めた。
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