47.ローガン
レオノアはあまり人間に興味を持つ方ではない。だから、ローガンを拾って保険医に押し付けたことなんて翌日にはすっかり忘れていた。そして、学園で勉強したり、魔法薬を作ってみたり、たまにギルドで依頼を受けたり。そんな彼女にとって普通の毎日を過ごしていた。
だが、拾われた方は保険医に「運び方はすごく雑だったし、ちょっとどうにかならないかと思ったけど、既成事実とか作らずに運んでくれたんだから礼くらい言っとくようにな」と言われてレオノアを探していた。
周囲に聞くのはマズい。ローガンはそう判断した。何せ、彼を追い詰めてきたかの侯爵令嬢は、自分以外に靡く男も、その相手も許せないなどという非常に厄介な女だった。『自分は全てに愛されて当然』といった様子の彼女にはどうしたって嫌悪感しかない。だが、ある程度の許容を見せなければ容赦なく潰しに来る。
(俺の家族仲が悪くなければ、絶対にぶん殴っていたな)
直系の身に現れるはずだった橙の魔法使いとしての才能。それは今代、傍系であるはずのローガンに現れた。初めに疑われたのは母だった。直系の誰かと不貞を疑われた彼女は数代前の赤の魔法使いが残した魔道具を使って、血の証明をした。
結果として、ローガンは両親の実子で間違いないと認められた。そうすると、次は本家の人間に目をつけられた。『どうにかしてさっさと死んでほしい』と願われた。それは彼らにとって力を本家に取り戻す唯一の手段だと考えられていた。
それでもどうにか生きているのは、ローガンが生む富が家を支えているからだ。
(……面倒だな)
こっそりと目的の人物に遭遇し、礼を言ってさっさと離れる。それだけのことなのに異常に難易度が高い。
同族であるイザベラは婚約者に嫌われたくないと協力をしてくれる気はなさそうだ。
(そもそも、『英雄』なんて過去の話……今の俺たちは『ただの危ないやつ』って認識の人間もいるんだろうな)
そうでなくては、赤や黒が姿を隠し、橙がすでに血を絶っていた、なんてこと起こるはずがないのだ。
おそらく『想定外』は直系を消したはずなのに、ひょっこりと傍系からローガンのような存在が現れてしまったことだろう。
そんなことを考えながらたどり着いたところが図書室だった。扉を開けようとすると、見知った声が聞こえて咄嗟に姿を隠した。
「あの新しい司書、マリア様に『出ていけ』なんてあまりにも不敬ではありませんか!?」
「そうです!!たかが子爵令嬢の分際で……!!」
「そんなことを言ってはいけないわ。あの方もお仕事ですもの」
男の前でする演技は見事なものだとそっと息を吐く。
彼らが離れるのを待って、図書室に入る。すると、少し遠くに栗色の髪の少女がいた。
(確か、彼女が平民の)
保険医に聞いた特徴とも一致する。
ローガンは彼女に近づいて「失礼、あなたがレオノア嬢か?」と声をかけた。レオノアはゆっくりと目線を上げる。そして柔らかに笑みを向けた。
美しい少女だ。
(赤い瞳が印象的で……?)
その瞳に気が付くと、一気にその内にある魔力に共鳴のようなものを感じる。目の前の少女は鈍いのか、全く気が付いた様子はない。
驚いたが、彼女がローガンに関わる気がないのならそれはそれで仕方がないと考えて、要件だけをすませた。
いずれ、また関わることになりそうだ。そんな予感を抱えながら。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
レオノアは感知能力ががっつり鈍い。