42.イザベラ
イザベラ・アダムスは伯爵家の令嬢であり、どんな場所にも緑をもたらす魔法使いだった。
花も草も、木々も。彼女の手にかかれば多くの土地で恵みをもたらす。
そんな魔法使いが生まれるアダムス家が伯爵家止まりなのは、この土地が元々豊かな土地であったことや農業伯などとアダムス家を下に見る人間がそれなりに多かったせいだろうか。
その割には日照りや水害で被害が出た領地が出れば彼らの土地の作物をあてにされた。搾取されたといってもいいほどだ。援助をしても見返りもない。やって当然だというように、礼を言われることも少なかった。
「ですから、わたくし思うのです。別にこの国で生きることはないわね……って」
カップを持ってにこりとほほ笑む姿は愛らしいが何とはなく不穏な気配を感じるのはなぜだろうか。そもそも、レオノアとしては若干不思議だ。
どんな地にあっても恵みをもたらす存在であるというのなら、いっそ国の中心に取り込んでおきたい存在ではないだろうか、と。なのに、冷遇なんてされるものだろうか。
レオノアの考えていることがわかったのだろう。イザベラは「彼らは食に携わるものたちのことなど一切考えていなくってよ」と告げた。
「麦も野菜も、植えておけばそのうち湧いて出るものだとでも思っているのではないかしら」
「そんな馬鹿な……」
「当然よね。だって、飢えから解放されて長いのですもの。食べるものがない状況なんて理解ができないの。だから、他国にお嫁に行くなんて要求も普通に通ったわ」
だから、英雄の血脈に見捨てられるのだ。
「きっと、失ったときに初めてその大切さに気が付くの。ほほ、愚かですこと」
後悔するに違いないとでも言いたげな口ぶりだ。
そう考えるに至る何かがあるのかもしれないが、少なくともレオノアにわかることではない。あまりにも情報が足りなかった。
「それにしても、そんなに地味な髪をしながら、顔立ちと能力で目をつけられるなんて可哀そうな子ね」
それが、襲撃の理由を指し示していることを察してレオノアは「まぁ、恐ろしい」と困ったような顔をした。
「殿下たちも緩衝材になろうとしたつもりなのが滑稽だわ。あなた、あのマリア・ハーバーに妬まれていてよ?」
「ハーバー侯爵令嬢?」
イザベラの出した名前に、レオノアは眉を顰めた。マリアはアマーリアから全てを取り上げて、自由に、奔放に生きている。望めば多くのものを手に入れられる少女がなぜ妬むのか、レオノアには理解ができなかった。
「あの女はね、ルーカス殿下とウィリアム・アスールをどう頑張っても手なずけることができなかったの。そんな彼らが優秀で美しい、けれど平民のあなたを気にかけている……自尊心が傷ついたのではなくって?」
「そんなつまらない理由で、犯罪行為を」
「するわ。あの女、我慢や忍耐というものが備わっていないのよ。周りの阿呆も情けないこと……あの程度の魅了ならば耐えることはできるはずなのよ」
確かに、まともな人間はそれとなく逃げ道を示し、レオノアを隠してくれていた。そのことに思い至って、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
それでも攻撃をしてくる人間はきっと、元からレオノアのことが気に食わないのだろう。
「愚かね。近くにいる本物の赤き魔法使いに気が付かないのだもの」
「そういえば、アダムス様は……」
「イザベラでかまわないわ」
「……イザベラ様はどうしてそのことをご存じなのですか?」
「見ればわかるわ。わたくしのように感受性の高い者ならば一目でそうだと理解ができるわ。その髪でもね」
そう言われて、レオノアは「私も国を移動するべきかもしれないわ」なんて思いながらこめかみを押さえた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今のところ、
レオノア→色の魔法使い「まったくわからない……」
碧・黒→レオノア「一目でわかった」
某二人→レオノア「少し関わったらなんとなくわかった」
という感じ。
レオノアはもう少し家族以外に興味を持った方がいい。