39.いるはずのない魔物
奥の階層から魔物が出てくるケースは少なくはない。だが、このダンジョンは常に多くの冒険者が入り、魔物を倒しているということもあって、近接地帯の魔物が迷い込んでくるということはあっても、五階層以上離れた魔物が上の階層に現れることなどそうある話ではない。
そういう意味で、あの蛇型の魔物は『いるはずのない魔物』だった。
「ラミア……いやそれより上か……?」
「相手を石にする能力があり、目を合わせる必要もないとくれば……メドゥーサ?だが、そうなると本当に二十六階層近辺の魔物か怪しくなってくるな」
「けれど、あんな魔物をどこかから運んで来れる?あまりにも危険だわ。初心者を殺して回るためだけに取る手段としてはリターンが少なすぎるでしょう」
定期的に魔法を少し遠くの石にぶつけて魔物の注意を引く。あまり視力はよくないようだ。その分、耳が良いらしい。少し話していたレオノアたちに勢いよく近づいてきたそれには恐怖を感じる。
(周囲を見てもあまり人の気配がないわ。まさか……いえ、私たちを殺したところで別にいいことはない、はず)
考え込みながら、転移陣を探す。それが見つかれば、ダンジョンから脱出できる。
レオノアはそう思いながら目を凝らす。ルカとウィルも同じように注意深く先へ進むが一向に見つからない。
――嫌な予感がする。
「いえ、そんな……そんな、方法を取る?あまりにも危険すぎる」
けれど、レオノアは相手がそうしているような気がした。震える声でルカとウィルを呼ぶと、転移陣があるはずだった場所まで戻って床を照らしてもらう。
そこには、壊された転移陣があった。
「おいおい……マジかよ」
「こちらは血の跡か……」
出口はここだけだった。損傷の仕方から見て人為的だ。
転移陣の修復にはかなりのコストがかかる。壊れたことを門番が把握していてもまだランクの低い冒険者がいるだけであれば、この階層に行く人間を入り口で止めればいいだけ。おそらくは救援もそうそう来ない。
(来たとしても、あれを倒せるだけの力を持つ人が来るかしら)
元々、この階層には弱い魔物しかいないというのが前提だ。何も知らず救援が来たとしたら大きな被害が出ることが想定される。
そうでないとしたら、元からレオノアたちを始末するためのできごとだろう。レオノアにはそうするメリットが何一つ思いつかないけれど。
魔眼を発動すると、鑑定ができた。それは転移陣が錬金術関連のものであるということでもある。凝視すると材料と作り方が浮かぶ。
(大量の魔石……空間魔法で隠していた魔石でギリギリ、といったところかしら)
何にしても、このままでは逃げることはできないし、真っ当に戦うには相手が悪すぎる。
覚悟を決めて、レオノアは二人に相談をした。少し考える素振りを見せた彼らはやがて、目を合わせて頷いた。
「僕とウィルがあいつの気を引いて、その間に修理をしてもらうのが一番生存率の高い方法かもしれない」
「このままでは死ぬだけだ。だが、気を引くにももう少し安全策がほしいところだな」
そう言うウィルの言葉でレオノアは思い出した。鞄の中に入れてあった小さな丸い球を五個ずつ二人に渡す。
「これは……?」
「どっかーん、ってするやつ」
「どっ……爆発物じゃないだろうな!?」
「わぁ、ウィルったらよくわかったわね」
レオノアがそう言って笑うと「殴っていいか?」なんて真顔で言われた。イラっとする言い方だった。
「とはいっても、小さい魔石を加工したものだからかしら。そんなに威力はないの。そうね……すごく大きな音がなる使い捨ての魔道具と思ってくれていいわ」
「威力は?」
「ウィルのファイアーボールくらい」
「だったら周囲が崩れる心配もないな」
ウィルは魔法が苦手だ。まともに扱える魔法は身体強化系のみで、他の魔法は威力が高くない。その程度ならば大丈夫だろう、とルカは頷いた。
「けどね、とっても大きな音がなるのよ。本当に、すごく大きな音が」
そう、だからこそ今、使い道がある。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。