31.お誘い
一週間かけて再び王都へと戻ってきたレオノアは少しだけげんなりとした気分だった。休暇中は家族やサミュエルと一緒で楽しく過ごせたが、学園に行けばまた面倒が
待っていることは予想ができた。
とはいえ、学ばなければならないことは理解している。
「あと三日後には学園生活なのね」
「そうだな」
「最近はずっと誰かと一緒だったから、少し寂しいかもしれないわ」
そう言って自分を見てくるレオノアに、サミュエルの胸は高鳴った。これで自分の感情に無自覚な彼も十分に鈍いとセバスチャンは頭が痛かった。
「じゃあ……一緒に王都の観光でもするか?」
サミュエルはレオノアが王都にいる間も勉強と冒険者活動しかしていないことを知っていた。なので、存外レオノアは王都に詳しくない。たまには楽しいことをすればいい、とも思っていたので、そう提案するとレオノアは「観光……?」と首を傾げた。そして、自分があまり王都を見て回っていないことに気が付いたのだろう。楽しそうに頷いた。
「おもしろそう」
「今日は疲れているだろうし、明日はどうだ?」
「私は嬉しいけれど……サミュエルも忙しいのではないの?大丈夫?」
「坊ちゃんも家庭教師が夏季休暇中ですので、気になさらずとも大丈夫ですよ」
セバスチャンはサミュエルの「なんでお前が答えるんだ」という目を無視して、「今日はシュバルツ商会にいらっしゃいませんか?」と尋ねる。
「若様がぜひ泊まりに来てほしいと」
その胸元から手紙が出てくる。サミュエルも聞いていなかったようで驚いた顔をしている。レオノアはこれ以上お世話になってもいいのか、と困った顔を見せた。ただ、ぜひ来てほしいと書いてあるのも事実で、そうであれば行かない方が失礼だろうかと考え込む。
「嫌なら俺が断っておくが」
「嫌ではないの。これ以上にお世話になっていいのかな、と思ってしまって」
「別に大した世話なんてしてないから、そんなことなら気にしなくていいよ」
彼はそう言うけれど、レオノアはガルシア侯爵家の後始末を全て任せてしまっている。とても世話をかけていない、なんて言えなかった。少し悩んだ後、お礼を言うためにも一度出向くべきか、と判断して頷いた。
そのままシュバルツ商会に出向くと、サルバトーレが待っていた。
「いらっしゃい、レオノアさん。愚弟が何か失礼なことをしなかったかい?」
「兄さん」
「いえ、とてもよくしていただきました。一緒にいなかったらどんな目に遭っていたか
……」
自分勝手に村から連れ出され、そのまま放置されたことは記憶に新しい。何もなかったが、それは結果論だ。サミュエルと出会えたから、出会わなくてもレオノアが冒険者だったから何とかなることだっただけ。後者に関してはサミュエルが聞けば「冒険者ギルドの宿なんて頼りになるか」なんて言うかもしれないが、実際に口に出していないのでセーフである。
「役に立ったならよかったよ」
そうほほ笑むサルバトーレに、サミュエルは何とも複雑そうな顔をしている。
サルバトーレは「学園が始まるまではここで生活すればいいよ」とほほ笑んだ。兄を見ながら「何を企んでいる」とでも言うような目をしているサミュエルと、戸惑うようなレオノア。
「君たちのおかげで、魔石の流通が元に戻りそうだからね。これは僕と父さんからのご褒美さ」
そうウインクするサルバトーレに、忘れかけていたダンジョンのあれこれを思い出して、レオノアの眉間に皺が寄った。魔石を奪われたのは本当に腹が立っていた。
「あれだけ奪っておいて、流通もさせないなんて、害悪にもほどがあるわ」
怒るレオノアを宥めて、部屋に案内をしようとしたその時だった。「トト、レオノアちゃんは来た?」と女性がひょっこり顔を出した。ラベンダーグレイのウェーブがかった長い髪を一つに束ね、好奇心の強そうな空色の瞳が印象的だ。
「キャロ、彼女がそうだよ」
レオノアに目を向けた彼女は嬉しそうにその手を取った。
「はじめまして、私はカロリーナ・テイル。トト……サルバトーレの婚約者よ。男爵家の四女だけど、貴族なんて思えないほど貧しい家だったからあまり気にしなくってもいいわ!気軽にキャロお姉ちゃんと呼んで!」
展開がよくわからないまま、レオノアは自分を可愛いと抱きしめる女性に目を白黒させていた。まだ泊まるとも何とも言っていないのにどんどん話が決まっていく。サミュエルが時折止めようとしているがもう遅い。レオノアはそのまま彼女に連れ込まれた。
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