3.新たな名
『アマーリア』が目を覚ますと、優しそうな栗色の髪の女が自分を見下ろしていた。嬉しそうに「目が覚めたんだね!」と笑う優しそうな顔立ちが印象的だ。
ここはどこだろうか、と『アマーリア』はゆっくりと周囲を見回した。
その様子を見て、女は「ここはアタシたちの家だよ」と言って微笑んだ。
「アンタはね、木のうろで気を失って倒れていたんだよ」
その言葉に、目を閉じた後に彼女に拾われたのだと理解する。
まさか、拾って世話をしてくれる親切な人がいるとは思っていなかったので、『アマーリア』は瞳を見開いてパチパチと瞬きをした。
「アンタ、名前は?」
問いかける女に、『アマーリア』は少し困ったような顔をした。
彼女は、自分が名乗れば、下手をすれば彼女たちとまとめて殺される可能性があると危惧していた。
どうしよう、なんて考え込む。名乗らないのも失礼だし、偽名なんてすぐには思い浮かばない。『アマーリア』はアマーリアと溶け合い、眠っているうちに前世の名前も忘れていた。うっすらと覚えていることもあるが、アマーリアにとって自分の中の一部なんて余分な存在だ。だから自己に関することを優先的に消去していったのだろう。
そんな彼女の様子を見て、女の顔色が変わった。
(ショック……いや、熱のせいで名前を忘れてしまったんじゃ……)
あり得ない話ではない。それほどに彼女の熱は高く、苦しんでいた。
「覚えていない?」
問われた言葉に、『アマーリア』は「そう思ってもらうのが一番都合がいいな」と思って曖昧に微笑んだ。すぐにどこか憐れむような、悲しそうな顔をする女。
そんな時に扉が開く。体格の良い男が顔を出した。
「アンタ、この子、自分の名前も覚えていないみたいで……」
「本当か……!?なんてことだ」
うんうんと唸りだす彼らは「名前もわからないようでは、親元に返せるかもわからないな」なんて話し合う。
「誘拐ならば、親も心配をしているだろうし」
「していないと思うけれど」
小さな声で思わずそう呟いてしまった。
幸いにも、聞こえていない様子であるが、うかつだった、と反省する。
「いっそのこと、うちの子にしちまうか?あんな服着てたんだ。もし家族がいるなら大掛かりな捜索がされてるはずだ」
「それもそうだねぇ……三日経つけど、この辺りで子どもを探している奴らなんて見てないし」
「あの、さすがにそれはご迷惑では……?」
会話の流れで、彼らが自分をこの家に置いてくれようとしていることを察した『アマーリア』は、自身の境遇が彼らにとって害になることを恐れた。見ず知らずの、明らかに厄介な事情を持つ子どもを助けるような優しい人たちだ。巻き込むわけにはいかない。
けれど、子どもを失ったばかりの夫婦はそれでも良いと思ったのだ。
これも、神が与えてくれた宝なのだと、看病をするうちに考えるようになっていた。
「それだったら、新しい名前が必要だな!」
もうすっかり『アマーリア』をうちの子と考えている。
二人は彼女をにこにこと見つめながらあれでもない、これでもないと名前を必死に考えている。
やがて、『レオノア』という名前に決まった。
「光、という意味だ。君にぴったりだろう!!」
そう言って笑う男を見ながら、『レオノア』になった彼女は泣きたくなった。
アマーリアの記憶を辿っても、両親にそのように思われたことはなかった。
「ひかり」
いつか、『愛されたい』。
そう願った少女の記憶がその手を撥ね退けるという選択肢を消した。
そうして、彼女は『レオノア』になった。
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