29.赤を捨てた者たち
サミュエルは責任を持ってレオノアを家族のもとへと返した後、ガルシア侯爵令息……アマーリアの伯父である男と会っていた。手紙一つで簡単に呼び出すことができたあたり、よほど切羽詰まっていたらしい。
部屋に入った彼は、机の上に置かれたポーションを見て息を呑んだ。「なぜ」とでも問うように、少しの間瞳をさまよわせたが、すぐに表情を戻した。
(相手が貴族と会いなれていない平民ならば気が付かなかったかもな)
サミュエルはそう思いながら、隣にいるモノクルを着けた男へと目を向けた。セバスチャンと名乗る二十代後半から三十代前半の男。濃紺の髪をオールバックにしており、長い髪を一つに束ねている。細い目が開くと紫色であると知っているサミュエルだが、あまりその目を見たいとは思えない。彼が瞳を開いているときは大抵自分に対して怒っている時だと知っている。本名を知っているのはサミュエルの父と兄くらいだろう。
「ようこそいらっしゃいました。ガルシア侯爵令息様」
「ああ」
説明を求めるようにセバスチャンに視線を向ける。セバスチャンはそれに対して眉尻を下げた。それだけで何も言わない彼に業を煮やしたのか「どこでそれを必要としていると知った」と疲れたような声音で問う。
「そうですねぇ……なぜです?サミー坊ちゃん」
「その呼び方はやめろ」
面白がるようなセバスチャンにサミュエルは嫌そうな顔を隠そうともしない。そこでサミュエルに目を向けた男はようやく漆黒の髪と瞳を持つ彼の正体に心当たりをつけたのだろう。警戒するような視線を向けた。
「俺はあなたの息子が、俺の大事な女を振り回すのが腹に据えかねただけにすぎない」
サミュエルはさらりとそう言う。セバスチャンは「ほう……坊ちゃんもなかなか……」などと呟いたが、現状の彼の意識では「大事な女(友達)」である。けれど、『黒の魔法使い』の発言だ。重く見たのであろう。「注意しておこう」と彼はため息交じりにそう言った。
「それだけでは足りない。今のガルシアを認められない。理由はわかると思うけど」
「……フィリアが居なくなり、アマーリアも消えた今、我々にどうしろと」
「彼女たちが居なくても、できることはあるはずだ。そのポーションは成功報酬だ」
サミュエルは箱を投げた。仮にも侯爵家の次代に対する態度ではない。だが、相手も英雄の血脈である以上、何とでもなることを彼は知っている。
箱の中身を見た男は言葉を失う。消えたといったアマーリアの名を呟いて、「あの子は、どこにいる」とサミュエルを睨んだ。それに嘲笑を返す。
「彼女はお前たちのことなど必要としていない。今更庇護者面するつもりか?」
「庇護者面?今は亡き妹の代わりに姪を養育するのはおかしいことではない」
「おかしなことだよ。まだ五歳だったあの子を、お前たちは誰も守れなかった。ハーバー家からも、今ガルシアを牛耳っているあの男からも。彼女はお前たちに期待していない。望んでいることがあるとすれば、かつて彼女を門前払いしたあの爺の愉快な最期くらいだ」
何も知らないのだろう。男は黙り込んだ。
「全て終われば家人を問い詰めるがいい。真実を知る義務があるだろう、赤を捨てた、錬金術を捨てたガルシア家」
せせら笑う声から逃げるように男は席を立つ。
「サミー坊ちゃん、礼儀作法を習わなかったのですか?」
「あいつにあんな顔をさせるやつらにそんなものは必要ない」
不貞腐れた様子のサミュエルにセバスチャンは呆れたような表情を向けた。
そして、ゆっくりと立ち上がり、「ここからは私めに任せていただいても?」と告げる。
「元からそのつもりだったのだろう?父上が何を欲しがっているのかは知らないが」
現ガルシア侯爵は少々やりすぎていた。その贖いをする時がきたというだけのこと。
目の前にいる執事の恰好をした男が何をするつもりなのか、サミュエルは知らない。ただ、レオノアの気が晴れる程度には引っ掻き回してくれればいいと思うだけだ。
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