27.ガルシアの指輪
レオノアは錬金釜に材料を入れるとその蓋を閉じた。深呼吸をすると、宝石のあたりに手をかざした。魔力を送り込むと、その場に魔法陣が現れる。一瞬、強い光が放たれる。それが収束するとぷすぷすと黒い煙がでている。蓋を開けると、クズ石だけが残っていた。
「……本当にもう一回行くことになるかもな」
そう呟くサミュエルの隣でレオノアは考え込んでいた。
入れた魔石、鉱石の分量が間違えていたのか、注ぐ魔力の量が間違えていたのか。何が悪かったのだろうと分析を始めていた。けれど、その瞳はとても生き生きとしている。初めて玩具を与えられた子どものようだ。こんなに楽しいことがあったのか。そう瞳が語っているようだった。
「ふ、ふふ……少し待って。比率を変えるわ。使う鉱石は合金にしましょう……やっぱりそうね、強度がこのままでは足りない……魔力は工程ごとに……」
赤い瞳が魔力を帯びて光を帯びている。ブツブツと分析を始める姿を見たサミュエルはそっと溜息を吐いた。すっかり夢中になっている。もしかするとサミュエルの存在すら忘れているかもしれない。
代々の赤の魔法使いはこうだったと聞く。ただ錬金術が好きで、それ以外はどうでもいい。自分の研究する時間を守るために他の出来事を効率化し面倒を減らすことに必死。
その結果、暮らしよいガルシア領が生まれた。
(まぁ、今の領主がグチャグチャにしてしまったみたいだが)
許されるならば、領地なんて捨てて研究に走り回っていたであろう人間が多かったのだから、レオノアがその気質を受け継いでいたとしたら、やはり今の方が幸せなのかもしれない、と思って紙にいくつか試した結果を書き連ねているレオノアに「飲み物でも取ってくるよ」と声をかけて部屋を出た。
レオノアはいくつかの組み合わせで合金を作ると、少しずつ血涙石との相性を確かめた。やがて、近づけると柔く光を放つものが見つかり、それが正解であると確信したレオノアは次に魔力の量について試し始めた。
サミュエルが持ってきた飲み物に口もつけないまま材料があと少しになるまでレオノアは錬金術に夢中になっていた。ようやく納得する調合が見つかった彼女が顔を上げる。すると、少し怒った顔のサミュエルが軽食を片手に「休憩しろ」と彼女を錬金釜から引き離した。
「次はできるわ」
「そうか、食ってからでも遅くないな」
「いえ、今から……むぐ」
パンを口にねじ込まれて、彼女はようやく自分が空腹であることに気が付いた。渋々休憩を取ることにしたレオノアに、サミュエルはこれ見よがしに溜息を吐いた。
「急いで食べなくていい。というか、ゆっくり食え。スープもあるぞ」
「う、うん」
圧がすごい。レオノアが素直に従ってようやく、サミュエルも食事に手を付けた。彼は少しだけ、レオノアに錬金釜を融通したことが正しかったのか迷い始めていた。こんなに夢中になるようでは、一人にすると寝食を忘れて錬金術にのめりこみかねない。いや、のめりこむだろう。
「全く、手のかかるやつだな。君は」
その声が酷く優しいことに気づく人間はこの場にいなかった。
レオノアは「手のかかるやつ」と言っているサミュエルが少し嬉しそうなのを不思議そうに見つめた。
(人のお世話をするのが好きなのかしら)
メェちゃんの毛並みを思い返しながら見当違いなことを考えているレオノアはあまりにも鈍かった。
食事を終えて、お茶を一杯飲み終えたころ、ようやく「よし」が出たので、レオノアはさっき完成したばかりの調合レシピを使う。それはもう、最後の一回分だった。
短時間ですっかり慣れたように重りを計り、順番通りに入れる。合金を作った後、血涙石をすべて入れ、魔力を注ぐ。最初は思いきり、徐々にその波を緩やかに減らしていく。糸のように細い魔力の糸が切れた瞬間、錬金釜は赤い光を放つ。
「できたわ」
「煙は出ていないが……」
本当にできたのかと疑うサミュエルに視線すら向けず、レオノアは蓋を開く。出来上がりをみて、彼女は口角を上げた。
レオノアの瞳のように真っ赤で美しい血涙石の指輪が、そこにはあった。
同時に、どこかで指輪の赤い石が真っ二つに割れた。
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