26.当主の証
ガルシア侯爵家の当主であるという証は指輪である。そう聞いたレオノアは不思議そうな顔で「血筋ではなく?」と口に出した。
祖父は入り婿なので、現段階でも爵位の簒奪ではないかとレオノアは思っていた。
「厳密に言えば、指輪を作ることができた人間が当主であるという決まりらしい」
「ああ……なるほどね」
サミュエルに教えられて、レオノアは納得したように頷いた。
要するに、錬金術師として最低でも血涙石を加工できなければ当主の資格はないということだ。そして、それもできない当主にお抱えの錬金術師は誰も付いていかなかった。そう、誰も。
次代すら『期待ができない』と判断されたから、彼らは姿を消したのだ。
「では、家を解体するしかないのかしら」
「建国当初ならそうだったかもしれないが、貴族がそう簡単に投げ出せるわけがない。わかっていて言っているだろう」
「ふふ」
そう。貴族の家が没落するというのは大きな出来事だ。錬金術の腕など関係がないと思う人間が出ることも時代の流れというものだろう。それだけで領地を治めることなどできはしないのだから。最も、現領主はそれすらできていないようだが。
「価値とは移り変わるもの。別に今更、領主になりたいだなんて思ってはいないけれど、指輪の継承が条件に変わるというのも面白いものね」
「不快じゃないのか?ハーバーも、ガルシアも、権利があるのは君だ」
「……学園に通って私、思ったのよ。面倒ねって」
「面倒って、君な……」
「向いてないのよね、結局。それに、あいつらから愛とか情というものを与えられた覚えがないの。まず間違いなく、今の方が幸せよ」
だから、そんなものはいらないのだとレオノアは笑う。権利があるといって乗り込んで、全てを失うのは自分だと彼女は知っている。レオノアにとって大切なのは今の家族だ。少なくとも、アマーリアを殺した彼らではない。
胸に手を当てて、あの嵐の夜に消えた少女のことを悼む。
「ガルシア侯爵は血涙石さえあれば新たな指輪を作ることができると思って探している。あのダンジョンに門番が置かれているのは血涙石を確実に奪うためだ」
「あなたからそのお話を聞くたびに嫌悪感が増すのだけど」
ダンジョンで入手した魔石を奪われたことを思い出したのか、レオノアはとても不服そうな顔になった。
「まぁ、ガルシア家やあの門番に魔石はもったいないが、ある程度は渡しておかないと目くらましにならないだろう」
大きな魔石や血涙石は空間魔法内に入れておいたから無事だった。だが、やはり到底許せるものではない。サミュエルとしても気持ちはわかる。
「それよりも、錬金釜は用意したか?」
「ええ」
レオノアは机に手をかざす。すると、鍋のような見た目の魔道具が現れた。赤い宝石が三つほどついており、それを取り外そうとしたのだろう。周囲に傷がついていた。確かに美しいが、これを惜しむほど侯爵家の財政は破綻しているのかと思ってしまう。
錬金釜は何とも不思議なマジックアイテムだ。材料を中に入れて、魔力を通すと不思議と目的のものが完成している。とはいえ、必ず成功するわけではない。成功率や相性の良い組み合わせ、悪い組み合わせなどがあるようだ。物によっては錬金術で作ったものを更に掛け合わせて調合するものもある。それに加えて、魔力の微細なコントロールも必要になってくる。
レオノアの想像以上に難しいことであるが、だからこそ燃えるというものだ。
「やるわ」
「ああ。失敗したらまた一緒にダンジョンへ行こう」
そう告げたサミュエルに、レオノアは「もう行かないの!」とすぐに返した。
レオノアは本気であのダンジョンを嫌がっていた。ラミアのようなヤバい魔物がいるのに搾取されては、たまったものでない。
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