24.ダンジョン
レオノアは目をこすろうとして手を取られる。ムッとした彼女に「眼球が傷むぞ」と呆れたような声がかけられた。
「だって、違和感がすごいのだもの」
「それは幼い時からなじませることができなかったからだろうな」
レオノアはサミュエルの勧めに従って、以前もらった薬を飲んだ。すぐに目に痛みを感じた。だが、サミュエルが手を握ってゆっくりと魔力を流してくれたからか、痛みはそう長く続かなかった。ゆっくりと戻ってきた視界には特に変わりがなかった。だが、サミュエルに教わるがまま、魔力をコントロールすることで『錬金術に使用できるもの』『錬金術で作られた物』限定で鑑定ができるようになっていた。
最初こそ「すごいわ!」とはしゃいでいたレオノアだったが、消費魔力が想定以上に多く段々とげんなりしてきた。
「もっと早く出会えなかったことが悔やまれる」
「ふふ、それを考えると王都に行って良かったのかもしれないわね」
髪を指で耳にかけるレオノアのいたずらっぽい笑顔に、サミュエルは一瞬見惚れた。本当は自分の容姿が整っている自覚があるんじゃないか、なんて考えてから溜息を吐いた。
(自覚的なら、俺とこんな距離では話さないか)
振り回されている彼はそう自分を納得させた。レオノア自身は「もう少し目が優しそうならよかったのに」と思っているが、基本自分の容姿に興味がなかった。人を不快にさせない程度に身だしなみが整っていればそれでいいと思っている。だいぶダメな部類の美少女だった。弟が齢六歳にして「姉ちゃんは僕が守らなきゃ……」と思ってしまうわけである。
「ンメ゛ェェェ!!」
「すごいわ、メェちゃん!」
そんな彼らはダンジョンに来ていた。意外にもサミュエルは冒険者登録を行っていた。魔力も低いとは言えない。
なぜ学園に通っていないのか。そんな視線に気が付いたサミュエルは苦笑して「家で同じカリキュラムを受けている」と告げた。金がある家だからできることである。貴族でも社交を重視していない家の子どもは同じ手を使っているらしい。レオノアは納得いかない気持ちが大きかった。
そして、サミュエルはレオノアよりも冒険者ランクも高かった。そのため、簡単にこの領地のダンジョンへ入る許可証を入手してきた。そして、メェちゃんと一緒にこのダンジョンにやってきた。
愛らしいメェちゃんだが、彼女は魔羊である。そして、そんじょそこらの魔物よりはるかに強かった。現れる魔物を簡単に倒していく姿は爽快だ。
「周囲に目的のものはあるか?」
「そうね……なさそう。もう少し、奥に行かないといけないかしら」
「そうか」
立ち止まって周囲を見回したレオノアに頷くと、「メェ、もう少し頼む」とサミュエルはメェちゃんの頭を撫でた。
「そういえば、この子に名前をつけたのってあなた?」
「いや、兄さんの婚約者。独特の感性だよな」
サミュエルのセンスだったらどうしようと思っていたレオノアはちょっとホッとした。
「目当てでない魔石は山ほど見つかるのに、上手くいかないものね」
「それだって普通はなかなか見つからないものだぞ」
呆れたような声音に、「魔力の消費が激しいだけあるわね」と返す。
彼女たちが探しているのは、レオノアの瞳のような真っ赤な石だ。血涙石という特別な魔石はガルシア侯爵家にとって意味ある代物だった。
魔石が産出するこの場所がガルシア領の管理するダンジョンだった。一般開放されているのは、このダンジョンには厄介な魔物が多く、領地で雇う人間だけでは処理しきれなかったせいだ。以前は錬金術に使うからと歴代の当主やその取り巻きが嬉々として入るため封鎖されていた。今の領主はそんなことは貴族のやることではない、と放棄しているし、先代まで仕えていた錬金術師たちは各々どこかへと消えていった。
だから、こうやってレオノアたちが探索できる。
近寄ってくる蛇の魔物にナイフを投げる。目を見ると石化を解く特殊ポーションが必要となるので決してその姿は見ない。
「なんでこんな魔物がいるのに、解呪のポーションが売ってないんだ」
「石化の解除は解呪ではなく、専用の状態異常ポーションだからだと思うわ。そもそも、薬を作る薬師も錬金術師も姿を隠して、冒険者用のお店でしか薬を売っていないみたいね」
「よほど嫌われているようだな。かつては錬金術師の楽園と呼ばれていた領地だったらしいが」
今はそう呼べる人間なんていないだろう。
そう返そうとしたレオノアの目に美しい赤い石が目に入った。
「見つけたわ」
ただし、その前には上半身が女で下半身が蛇の魔物、ラミアがいた。
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