23.相談
少々困りながらもギルドの外に出ると、驚いたような声で名前を呼ばれた。レオノアが振り返ると、そこにはサミュエルがもこもこの羊を連れて立っていた。
「あら、とっても可愛い」
「そうだろう……じゃなくて、何でここにいる。問題でも起きたのか?」
自慢げに頷いた後、すぐに話を戻すあたり、レオノアの少し呑気なところをよくわかっている。サミュエルの問で思い出したのか、レオノアは「困ったことになっているの」と頬に手を当てた。
「ガルシア侯爵家のエイダン様っておられるでしょう?あの方に話があるとかでここまで連れて来られてしまったの」
「は?」
サミュエルは初めから聞かないと埒が明かないと思ったのか、「とりあえず、俺のいる宿に来い」とレオノアの手を引いた。
「もう暗いし、馬車で送るにも俺が連れて帰るにも危ない。部屋は俺が取ってやる……本来ならば連れてきた人間がやるべきことだと思うがな」
「家に伝令を送ったのも私なのよ。余裕がないにしてもあまりに紳士からかけ離れた行為だわ」
ぷんすか怒っているレオノアに珍しいものでも見るかのような目を向けるサミュエル。苦笑しながら一緒に歩いているときゅるると何とも情けない音がした。振り向くと、真っ赤な顔のレオノアがいた。
「し、仕方がないじゃない……!普段ならそろそろ晩御飯の時間なのよ」
ぷいと顔を背ける彼女を可愛い、と思ってから首を振った。目の前にいる少女が可憐なだけでないと知っているはずだった。過保護になりつつある時点で無駄というものだが、サミュエルは自分は魅了されまいと思いながら「先に何か食べるか?」と尋ねた。彼が一方的に知っているだけのルカやウィルがそんな姿を見れば、鼻で笑ったかもしれない。
レオノアに晩御飯を提供した後、サミュエルは彼女に本日起きた理不尽な出来事に関して聞いていた。ピキピキと青筋を立てているサミュエルとは対照に魔羊の「メェちゃん」を抱きしめているレオノアはご満悦だ。
(ストレスにはアニマルセラピー……)
ふわふわとした毛は手入れが行き届いているのだろう。とても気持ちがいい。目の前の人物が懇切丁寧に世話をしていることがわかる。
「は、自業自得じゃないか。最も才能ある魔法使いを世に放ち、お抱えの錬金術師を安価でこき使おうとして逃げられ、その結果孫が死ぬ。すべてすべてそのクソ爺のせいだ」
「私もそう思うわ。でも、しつこそうなのよねぇ……貴族ってやることが容赦ないから、家族が人質にされないか、とかも心配だし。どうすればいいものかしら」
それに、もしその『妹』とやらが死んだ場合、逆恨みされそうなのも懸念点である。かといって、あのおばばはレオノアが何か言った程度で協力するとは思えない。
「……確かに侯爵家を相手取るのは厄介だ。そこそこの子爵家くらいまでならウチでも十分嫌がらせできるが」
「本当、あの人たちってろくな事しないのね。せっかく助言までしてあげたのに」
レオノアは嘘を吐いていない。信じず、おばばに固執するエイダンに問題がある。彼女はそう考えてうんざりとした顔を見せる。
「せめて、あの祖父を失脚させられる……とかの旨味がないと協力もしたくないわね」
「材料でも持っているような口ぶりだな」
「持っているわ。けど、渡してもどうせ無駄にするのだし、きちんと調薬を商いにしている方から購入すべきだわ」
レオノアが手を動かすと何もなかったはずの空間から薬草の束が現れた。サミュエルは大きく目を見開く。
「君……、空間魔法をもう使えるのか」
「学園の図書室に使い方の書いた本があったわ。便利だから覚えたの」
褒められたと思ったレオノアはとても嬉しそうにそう話す。
熟練の冒険者でも魔力が弱ければこの魔法を使うことができずポーターを頼むことが多い。商家でもこのような魔法が使えるだけで良い給料で雇われる。そして、空間魔法が使える人間だって、大体がもっと深く魔法を学んでから習得する技術だ。それをわずか十三歳で、独学で覚えるなんてとんでもないことだ。
「この魔法を使えることを、他に知っている人は」
「あなただけよ?だって……利用されそうじゃない」
レオノアに警戒心があったことにサミュエルは心底安心した。
「わかっているなら、いい。これからもできるだけ隠していろ」
その声音に不穏なものを感じたレオノアは素直に頷いた。
そして、「俺に考えがあるんだけど、乗るか?」と問われて首を傾げる。
「内容によるわ」
そう答えたレオノアにサミュエルは満足したように頷いた。そう簡単に頷くようなら説教をしなくてはいけないと思っていた。
愉しそうに計画を話すサミュエルの話を聞き終わったレオノアは「それならいいわ!」と笑顔で頷いた。
「ふふ、あの爺の泣きっ面が見れるならすこぉしくらい頑張ってもいいわ」
言っていることはそこはかとなく邪悪だが、浮かぶ笑顔は無邪気そのものだった。