22.欲するもの
エイダンが連れてきたのは少し離れた町にある冒険者ギルドだった。仕方なく、少し離れて家族への連絡を依頼する。伝達にかかる銅貨十枚を渡して、エイダンたちのもとへ戻る。予定外の出費に内心腹立たしく思うけれど、平民の金銭感覚と彼らの金銭感覚は異なるため、理解を得ることは難しいだろうと考えて口を噤んだ。できれば、さっさと話を聞いて離れたい。
冒険者ギルドの個室へと案内される。エイダンは先にソファーに座ると、レオノアにも座るように指示してくる。
仕方がないので席に着くと、「率直に言う。あの薬師を説得しろ」などと苛立たし気に口に出した。怒るのはこっちの方だ、とレオノアは思うけれどそれを飲み込んで困ったような顔を作った。
「無理だと思います。おばばは頑固なので、他の薬師なり錬金術師を訪ねた方がいいと愚考いたします。時間の無駄です」
「どうだか。お前は可愛がられているようではないか」
「あら、わがままを言えばすぐに関係を切られてしまう程度の仲ですよ?」
レオノアの言っていることは間違いではない。おばばは親切にしてくれてはいるが、それはレオノアがまだ間違えていないからだ。手伝いをし、教えを請い、強制などしないからだ。今の彼のように高圧的に頼めば、それだけで嫌われるだろう。誰にでも踏み込んではいけないラインがある。おそらく、エイダンの依頼はその「踏み込んではいけない」類のものだ。
「それでも、私にはあの薬師の力が必要なのだ……!」
苦々し気に口に出された言葉に、レオノアは内心で「知らんがな」とつぶやいた。
彼の事情は彼だけのものだ。それはおばばにも、レオノアにもまるで関係がない。
(そもそも、今の領主様は平民からの評判が悪いのよ?自分に向けられていた視線がどのようなものだったのか、気が付いていないのかしら?)
ガルシア侯爵家はレオノアの祖母にもあたる前侯爵が亡くなった後、税を重くした。まだ暮らしていけるくらいのものだが、数年以内にまた増税するのではないかとも言われている。そもそも、現在の領主はガルシア侯爵家の血など一滴も入っていない入り婿に過ぎない。歴代の侯爵は真っ赤な髪に血のように鮮やかな赤い瞳の女だった。
簒奪した侯爵に唯々諾々と従う者などそう多くはないだろう。
(ああ、だから抱え込んでいた錬金術師に逃げられたのかしら……?無様ったら)
目の前に当の侯爵家の人間がいなかったら思いきり笑っていただろう。困ったような顔をキープしてはいる。だが、必要だというのなら、それこそ金で動く薬師や錬金術師を雇うべきだとしか言えない。
「それとも、お前には解呪のポーションを作れるほどの薬師に心当たりがあるというのか?ないだろう!」
「まぁ、こんな田舎にそんなポーションが必要だと思っていらっしゃるのですか?呪い関連の魔物がいるダンジョンが近くにあるのならば別ですが、ここでそんな薬草は生えていませんし、材料が揃うはずもないではありませんか。ガルシア領では、そもそも作ることができないのではありませんか?」
レオノアが彼に告げたのは『事実』だ。
ハーバー侯爵家の領地、王都ダンジョンの地下二十層にはそういった魔物が存在する。だから、ポーションなんていくらでも販売している。だから、レオノアは首を傾げる。
「材料を探しておばばを説得するよりも、よその領地で購入した方が早いですよ」
「間に合わぬからこうして……!」
そもそも材料がないから一緒なのだと言っているのに、しつこい。レオノアは心底嫌になった。その情報を教えてあげただけでも自分はとてもやさしいと思う。
「妹が呪術に耐えられるのは、あと数日だというのに……」
「若」
「わかっている……!」
立ち上がったエイダンはキッとレオノアを睨んで「諦めないからな」と出て行った。
(あの方、元の場所まで帰してくださらないのね?)
諦めないのであれば、夜を徹して馬を駆け、一刻も早くポーションを手に入れた方がいいだろうに。
レオノアは少し頭が痛くなった。
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