21.エイダン・ガルシア
両親の作っている畑の世話や、村にいる薬師のおばばの手伝いをしながら休暇をすごしていたある日、村に豪華な馬車がやってきた。
こんなところに貴族用の馬車が訪れる時点で少し身構えてしまう。
(私がいるのがガルシア家に知れた……とかではないといいのだけれど)
あの嵐の日、幼いアマーリアの話を聞くことなく、家に帰すでもなく従者もなくたった一人で立つ『彼女』を彼らは見捨てたのだ。良い印象は全くと言っていいほどない。
物陰に隠れて、馬車から降りてきた人物を注意深く見つめる。
馬車から降りてきたのは、レオノアのクラスメイトである少年だった。赤い髪に赤茶の瞳。『惜しい』色合いだ。
彼はエイダン・ガルシア。アマーリア・ハーバーの母親だったフィリアの兄の子。本来の血筋でいえばいとこだ。
(なんの用かしら)
腕にある薬草の束を見ながら、レオノアは溜息を吐く。運がない。おばばに渡す薬草を持っていかなくてはいけない。だから、「早く帰ってくれないかしら」なんて思った。
どうしても会いたくないので、おばばの家の隣で座って待つ。けれど、喚くような声が聞こえるが一向に出てこない。
「まだかしら」
うんざりしたような声でそう言った時だった。扉が開いて、少年がつまみ出される。一緒にいた男性が怒鳴るのを手で制して、「頼む!どうしても必要なんだ!!」とエイダンが懇願する。
「知らないよ!!こんなド田舎にそんなもんがあると思うのかい!?だいたい、アンタの家系にはいるはずだよ、それを解決できる錬金術師がねェ!……おや、来てたのかいレオノア。待たせて悪かったね。お入り」
「はい、おばば」
エイダンの視線が一瞬、レオノアに向く。信じられないような顔でおばばとレオノアを見るが、無常にも彼の目の前で扉は閉ざされた。
「これ、聞いていた薬草よ。炎症止めのシーズ草が少なくなってきたわ」
「季節柄だね、仕方がないよ。取りつくしてないだろうね」
「ええ、おばばの言うことをちゃんと聞いて残しているわ」
おばばはレオノアの言葉に満足したように笑った。容姿と相まって魔女のようだが、この老婆が親切だと知っているレオノアはニコニコと笑顔のままだ。
彼女は名乗らない。ただ「自分のことはおばばと呼べばいい」と言う。おそらく、彼女も何か事情がある人物なのだろう。
(でも、踏み込んでもお互いに良いことはないし)
レオノアだって嫌なことには踏み込まれたくない。今の生活に満足はしているけれど、それとかつての行いを許せるかは別の話だ。レオノアは幼いアマーリアを殺した大人たちを許すことはできない。守られるべきだった、愛されたかっただけの五歳の女の子。
いつか、全員痛い目を見ればいいと思っている。
少しの間、シーズ草の詳しい効能や取り扱い時の注意事項などを教えてもらってから、レオノアは薬屋を離れた。
「おい、レオノア」
何歩か離れたところで声がかかる。エイダンの姿を見て、レオノアは眉間に皺を寄せた。
「何か御用でしょうか?ガルシア様」
「は、平民でも私の顔くらいは知っているらしい」
「クラスメイトですからねぇ……」
のんびりとそう返すレオノアに「少し話がある」と言うエイダン。
(私はお話なんてないのだけど……領主の孫に逆らうのも面倒なことになりそう)
少し考えてから、「わかりました。あまり時間がかからないと助かります」と答える。
馬車に連れ込まれたレオノアは本当に「少し」で済むのかを考えて溜息を吐きたくなった。彼が困っていても因果応報としか、思えなかったのである。