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2.転生


 『アマーリア』の中には不思議な記録があった。

 恋愛RPGロールプレイングゲーム「乙女の祈りは誰が為に」の悪役令嬢。

 アマーリア・ハーバー侯爵令嬢はそういった立場の少女である、といった記録。記憶、ともいうかもしれない。


 性格は傲慢で勝気。平気で異母妹や義弟を苛め抜き、時には殺意をもってヒロイン(プレイヤー)に襲い掛かってくる。美しい赤髪と血のような赤い瞳を持つ、気性の激しい美少女。

 両親は完全なる政略結婚。アマーリアが生まれてからその仲は冷え切っており、互いに言葉を交わすことすらない。そんな家庭で育てば、少女が歪んでいくのも仕方がないと言えよう。何せ、彼女の母も、彼女同様に非常に苛烈な性格だった。


 その立場であるのならば、何をせずとも物語が起きる時期までは何事もなく生活できるはずだった。侯爵令嬢という高貴な身の上の少女は、苦労もなく、思うがまま振る舞えるはずだった。


――そう、その『はず』だった。

 アマーリアの中にいる女の記憶では、そのはずだったのだ。

 物語の悪役であったはずの少女に実際に訪れた出来事。それはあるはずのないことであった。



「まぁ、起こってしまったことは仕方がないけれど」



 『アマーリア』はゆっくりと息を吐く。

 雨は小降りになっていた。寒いことは変わらない。けれど、アマーリアと違って、成人としての記憶がある分、ある程度落ち着いていた彼女は手のひらに小さな火の玉を作った。

 侯爵令嬢であったころならば、医師に診てもらえただろう。けれど、家を追い出された今、風邪をひく事は命に関わる。手遅れかもしれないが、やらないよりマシだろうとそれで暖を取った。



(これから、どうしよう……)



 この身体はあくまでもアマーリアのものであり、『アマーリア』は彼女の人生に関与するつもりはなかった。ここはゲームに似た世界なのかもしれないが、本当に物語通りになるなんてわからない。そもそも、まともな貴族であれば、ヒロインとなる少女の危うさが理解できるだろう。ならば、アマーリアが本当に断罪されるかだって怪しい。

 だから、自分が出てくることにはならないだろうと考えていた。



(こうなれば、平民として暮らすしかないでしょうけど……)



 どうやって暮らせばいいのかなんて、ずっと貴族令嬢として生きてきたアマーリアの知識ではわからない。『アマーリア』だって知っているのは彼女の生きてきた『日本人』としての生き方だけだ。異世界の平民としての暮らしなんて想像がつかない。

 衣服から、自分がただの幼子(おさなご)ではないとわかってしまう。厄介者として見られることはあっても、育ててくれるような人間なんていないだろう。

 せめて、もう少し大きくなってから追い出されたならばもう少しやりようもあっただろう。



(もう少し、ここで隠れたら教会……孤児院、かしら。それに保護していただくというのが最適解……?それでも受け入れてくれるとは限らないけれど)



 視界が揺れる。寒いのに、熱い。

 嵐の中を走り、体力がなくなった幼い身体はやはりこの過酷な状況に耐えられなかったのだろう。

 静かに瞳を閉じて、彼女は「すべては生き残ることができていれば、ね」と小さな声で呟いた。







 森の中に男が踏み入った。

 この外れの小さな村に生まれ育った男は、つい最近、五歳になる娘を亡くしたばかりだった。妻は塞ぎ込み、騒がしかったはずの我が家は静まり返っている。

 生きるためには、それでも日々の糧が必要だった。

 娘の後に、妻まで亡くすわけにはいかない。嘆くだけでは大事な妻を守れない。

 そう思い、立ち上がった男は気持ちに整理をつけるため、娘の墓に供える花を採りにきていた。花を摘んで、帰ろうとしたところで苦しそうな声が聞こえた。しかし、周囲にはそんな様子はない。

 ゆっくりと周囲を見回せば一際大きな木があった。



「この辺り……か?」



 うろのある大きな木。その中を覗き込めば、蹲る小さな女の子がいた。

 まだ濡れた服は明らかに平民の恰好ではない。慎重にその身を引き寄せれば、赤い髪に隠れた頬は真っ赤で、額に手を当てれば熱があった。

 迷ったのは、一瞬。


 誰かの目に入らないように羽織っていた外套で女の子を包み込んだ。

 死んだ娘と、同じ年ごろの女の子が苦しんでいるのに、放っておくことなんてできなかった。


 急いで家に連れ帰ると、男の妻が大きく目を見開いた。



「アンタ、その子は……」

「隠れるみたいに木のうろの中にいたんだ。周囲にだれもいやがらねえ。捨てられたか、邪魔になったか……だが」

「あの子と同じくらいの子……放っておくなんてできるわけないわ」



 女は覚悟の決まったような顔になった。そして、夫に指示して必要なものを揃えさせる。

 奇しくも。その家に再び明かりの灯った瞬間だった。


読んでいただき、ありがとうございます!

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