19.錬金釜
「いらっしゃい、サミュエルなら奥だよ」
「ありがとうございます。サルバトーレさん」
レオノアは実家に帰る前日にシュバルツ商会に訪れていた。出迎えてくれた黒髪に青い瞳の穏やかそうな青年はサミュエルの兄サルバトーレである。顔立ちはどこかサミュエルと似ているものの、サルバトーレの方が女の子受けしそうな甘い顔立ちをしている。
「ありがとうございます。じゃあ、奥に行きますね!」
なぜかレオノアがやってくると嬉しそうにサミュエルを呼んだり、いなくても商品説明などで世話を焼いてくれたりと親切にしてくれる。レオノアは何か誤解されている気はするけれど、特に何か困るわけでもないので、そのまま愛想よく振る舞っていた。
サルバトーレの言葉に従って、サミュエルの部屋の前に来たレオノアは扉を叩く。返事が聞こえると、「サミュエル、こんにちは」と笑顔で入室した。
「ああ、来たのか。いらっしゃい、レオノア」
椅子もあるのに立っているサミュエルの様子にレオノアは首を傾げた。テーブルの上に置かれた大きな釜を見ながら「私のことを待っていたのかしら」と思うと、サミュエルがなんだか可愛らしくも思えた。
そんなレオノアの様子を不思議そうな目で見るサミュエル。「可愛い」なんて思われているなんて、知らない方がいいかもしれない。
「なんでもないわ。言われた金額は用意したけれど」
「結構……と言いたいところだが、これくらい俺がプレゼントしてもよかったんだぞ」
「そういうことをすると、対等ではなくなってしまうわ」
レオノアは肩を竦めると、あらかじめお金をまとめて置いた袋を差し出した。
彼女は金銭の貸し借りやあまりに高価なものをもらうと、その関係性は友人以外の何か嫌なものになってしまう気がした。現状、サミュエルとは長く付き合っていきたいと思っている。ならば、これを「もらう」のはよくないと考えた。
「あなたからはたくさんいただいているわ。これ以上はダメ」
「情報や武器の査定くらいだろう?」
「それだってお金を払って手に入れるものだわ」
呆れたように言うレオノアに、サミュエルは気まずそうな顔をした。心配だから、と肩入れしすぎている事実を突きつけられていた。
なお、そんなやり取りを部下に報告させているため、サルバトーレに気に入られているだなんてレオノアは思ってもいない。シュバルツ商会は大きな規模で展開している。その子息に近づく異性なんて、金銭が目当てであるケースが非常に多いのだ。
「だが、中古だぞ」
「よかったわ、あなたが勝手にオーダーメイドにできなくて」
レオノアの魔力を再現できたなら確実にオーダーメイドで作った代物を「中古だ」と言って渡しただろう。サミュエルならばやりかねないとレオノアはジト目になっていた。
「心配性すぎるのではない?」
「……お前にだけだ」
「……?よく聞こえなかったわ。もう一度お願い」
「もう言わない!」
ぷいと顔を背ける姿は少し幼く見える。
受け取って、検品を一緒にすると、持ち手の部分に文字が刻んであった。
「『フィリア・ガルシア』……ね」
それは、死んだアマーリアの母の名前であった。『ガルシア』は旧姓だ。
今のハーバー家かガルシア家か。どちらかはわからないが、形見を売りに出した。
「これも縁というのね」
レオノアはその名をそっと指でなぞる。
どこか寂しそうなレオノアを、サミュエルはやはり気遣うように見ていた。
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