14.アストラ
どうしてそうするべきだと思ったのか、三人の誰もわからなかった。けれど、全員がそこにいる存在が高次の存在であることだけを本能で理解していた。
そんな三人に気が付いた青年はゆっくりと近づいていく。コツコツと床の鳴る音がその場に響いた。
「やぁ、紅玉。君は年を取らないのかい?変わらないね、その姿。いや、人の生きていられる時の流れではないか……。ということは、彼女の子孫かな」
その手がレオノアの顎を軽く持ち上げ、視線を合わせる。「彼女と同じ瞳なのに、印象が全く違うというのは不思議なものだね」と本当に不思議そうな表情で言うと、手を離した。次にサミュエルも観察している。
「黒曜は、少し力が弱まっているか。まぁ、彼らの子孫、全てが同じだけの才能を受け継ぐことができるわけはないか」
レオノアたちは紅玉や黒曜という言い方は初めて聞いたものの、それが自分たちを指す言葉であることは言い方で理解ができた。
「面を上げよ」
その言葉で、三人は顔を上げる。
目の前にいる青年は満足そうに頷くと、一歩後ろに下がった。
「私はアストラ。君たち人類が神と崇めるものだ」
にこやかに「歓迎するよ、我が友の子孫、そして新たなる友となる者たちよ」と告げる。
それでも言葉を発しない三人に疑問を感じたのか、少し考え込み、やがて彼らに話すことを許可していないことを思い出したアストラは苦笑した。
「話してもいいよ。はぁ……人の身というのは少し不自由だね」
アストラは残念そうにそう呟くと、「でも、紅玉は話せたんじゃないのかい?」なんてレオノアに目を向ける。
「なんか、みんな話さないから口を開きにくくって」
おっとりとそう話す彼女の何が面白かったのか、アストラは笑う。
「要らぬところがアリシアと似ているな!ああ、何とも懐かしいものだ」
(目元に涙を浮かべるほど笑わなくたって……)
レオノアが困惑した顔を見せる中、ゲイリーは「アリシア……?」と聞きなれぬ名に怪訝そうな顔をした。サミュエルは、小声で「赤の魔法使いと呼ばれた初代のガルシア侯爵だ」と教える。
「そう。熱く胸を焦がす大切な何かを、強欲に突き詰めてこその『紅玉』だ。あれほど強欲に知識を求めた女は見たことがない」
そのアストラの言葉を聞いたサミュエルとゲイリーは自分が求めるものに対するレオノアの貪欲さを思い出して納得していた。当のレオノアは若干不服そうだが。
「懐かしい気配を感じて呼び出してみたはいいものの、外も大変そうだな。ファフニールが出てこようとしているようではないか。それに……ああ、あの女。ついに人を見る目すら失せたか」
失望を禁じ得ないとでも言うような声音だ。その言葉の中にある女に少しだけ、マリアの顔が浮かんだレオノアであったが、しかし、何か違う気がした。
「アウローラ様のことですか?」
「そうだ。あの女、ついに災いを呼んだようだな。あのまま眠っていればよかったものを」
忌々し気に告げられた言葉から、彼らの仲が良くないことが察せられる。
ロンゴディア王国では慈悲深き女神であると信仰されてきたアウローラという存在は、伝わってきたままの女神ではないようであった。
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