14.マリアとの邂逅
サミュエルに会いに行くのは今度で良いだろう、とレオノアは図書室に来ていた。授業の質問とその返答をノートにまとめる。紙が普通に手に入る世界でよかった、とレオノアは頭の片隅で考える。
図書室でゆっくりと過ごす時間が、レオノアは嫌いではなかった。
本の匂いと、静かな部屋。ページをめくる音が耳を打つ。
(平和だ……ずっとこうならいいのだけれど)
魔法の発達によって作られた筆記具もファンタジーだからなのか、乙女ゲームの世界であるからか、前世と同じくインクが早く乾く。前世の記憶があるレオノアからしてもストレスが少ない。
そうして、勉強をしていると騒がしい連中が図書室に踏み入ってきた。レオノアは思わず、苛立った。けれど、それを悟られないように視線を本に落とす。
その集団の中心にいたのはマリア・ハーバーだった。
美しくきらめくような淡い桃色の髪がうっすらと見える。周囲を囲む少年たちは皆、恍惚とした表情をしていた。
(……あら、はしたない)
我先に寵を得ようと一人の少女に、必死に話しかける。
ハーレム、というのだろうか。その光景はどうにも不快だ。
どうしようか、と考えてそれから彼らを視界に入れずに勉強を続けることにした。どうせ彼らはレオノアに興味がない。集中すればあまり気にならないだろうと教科書の文字を指で辿る。
「あら、先客がいたのね?」
おっとりとした言葉が頭上から降り注ぐ。ゆっくりと顔を上げると、愛らしく「ふふ」と声を漏らす。その姿は愛らしいが、レオノアはなぜか非常に不快に感じた。胸がザワザワする感覚に不安な気分になる。
「私に何か御用でしょうか?ハーバー侯爵令嬢様」
「そういうわけではないのよ。必死に努力する姿が可愛いなと思っただけ」
悪意は感じない。なのに、冷や汗が止まらない。
恐怖すら感じた。
(目の前にいるのは、ただのお嬢様……のはずなのに)
戸惑うように視線を彷徨わせる。すると、彼女はレオノアの頬を両手で包んで「ふふ、きれいな瞳ね」とまっすぐに視線を合わせる。
「何をしている」
厳しい声が聞こえて、マリアが動きを止める。不快そうに声の方を向くと、群青の髪の少年がいた。その瞳は美しい蒼。鋭い瞳で睨みつける彼を、マリアの周囲にいる少年たちは「アスールくん、そう睨むことはないだろう」と彼女を守るように間に立った。
「こんな場所で騒がしくしているのが悪いのでは……?遊びに来たのならば早々に立ち去れ」
「ひどいわ。わたくし、何をしたわけでもないのに」
「何もしないから悪いのだ。せめて、周囲のけたたましい取り巻きを注意していれば言うことはないが」
言葉の端から嫌悪感がにじみ出ている。レオノアは素直に「巻き込まないでほしい……」と思った。
しばらく睨みあったのち、マリアは「あなたと言い合っても楽しくもなんともないわ」と吐き捨てて、取り巻きと一緒に去っていった。
「君、あの女に目を付けられないように振る舞った方が賢いぞ」
アスール伯爵令息ウィリアムはそう言って背中を向ける。
(ウィルの声にそっくり)
助けてくれたのだろうか、と首を傾げて、それからゆっくりと左右に首を振る。
そもそも、目を付けられるような動きなんてしていないのだ。なんとも言えない。
(やっぱり、貴族じゃなくなってよかったのかもしれないわ。面倒だし、私には向いていない)
なんだか無性に、癒しがほしかった。長期休暇を待たず、早く家族に会いたくなったレオノアだった。
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