13.神聖なるもの
結果として、ゲイリーが傷つけたりする前に、人魚は彼が怖くて泣いたので流血沙汰にはならなかった。
人の言葉は話さないものの、レオノアの足に縋り付いて「ぴぃぴぃ」と泣く人魚たちは少し可哀想だ。
「……何もしてないのに」
「血の臭いがするのでしょうね。先ほどは結構な血が流れたから」
レオノアがドラゴンの様子を思い出しながらそう言うと、サミュエルも頷いた。割と酷い光景だった。貴族のお嬢様が見れば泣いていたか気絶していただろう。
だが、そのおかげで何もせずにすんだことを思えばいいことかもしれない。
「それはそれとして、レオノア嬢にそのように縋り付くのは喧嘩を売られている気分になります」
「ぴぃぃぃ……っっっ!!」
感情の見えない目を向けられた人魚は悲鳴を上げて水底に逃げて行った。
「よほど恐ろしかったんだな……」
「まぁ、早く逃げてくれたのには助かったわ。愛らしかったから、サミュエルが連れて帰らないか心配だったもの」
「さすがに人っぽい見た目のものは躊躇する」
「……人でなければいいのか」
ゲイリーの呟きに少し考え込むサミュエルだが、もうすでに彼の家には犬も猫も鳥もいる。
「まぁ、レオノアが気に入りそうであれば」
そんなサミュエルにレオノアは「魚を入れるなら新しく水槽か池を作らなければならないわよ」と困ったように告げる。さすがに水棲生物はまだ飼っていなかった。
「だが、魔物だろう」
「俺ならば問題がないことは、そちらとも取引のある魔馬を見ればわかると思うが」
普段は目立たない才能ではあるものの、彼の魔物使いとしての才能は素晴らしいものだ。実際に利益になっていることを思い出して、ゲイリーは「そうだったな」と頷いた。
「それに、そんなに凶暴なものは飼わない。ネロにしてもメェちゃんにしても賢いものだ」
そんなことを話しながら移動していると、いつの間にか周囲の様子が変わっていた。来た道を帰っていたはずなのに、明らかに違う場所にいる。
そのおかしさに気づいた三人は警戒を強めたまま、一本道になったそこを歩き続ける。
魔物の気配もなく、洞窟にどこか神聖な雰囲気の建造物が現れた。神殿だろう。建物にはアストラ教の模様がある。洞窟だというのに、白く光る花に満ちていく様子は異常以上の何ものでもない。
「まだ発見されていないボス部屋へと向かわされているのかと思っていたけれど……」
「この様子では、そんなものではなさそうだな」
「あそこに向かって見ますか?」
「そこにしか道は繋がっていないようだものね」
一本道を引き返したところで、元の場所には戻れないだろう。
三人は顔を見合わせると頷きあう。
神殿の扉を開くと、今まで感じたことも無いほどの圧を感じた。
その奥に、神殿の主がいた。
神々しい白銀の竜。そして、それに寄り添う金色の髪を持つ美青年。
目に入った瞬間、レオノアたちは自然に膝を折っていた。そうするのが当然であるかのように。
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