11.『聖なる白』
シュヴァルツ商会で必要なものを用意してもらった後、レオノアたちは難関ダンジョン『聖なる白』と呼ばれる洞窟を訪れていた。
その場所はなぜか年中雪に覆われた地区にあり、洞窟の中には白い魔物、魔法植物が多く棲息しており、多くは光系魔法を扱うという特殊なダンジョンだ。許可証を持った騎士や冒険者しか訪れることを許されておらず、単純に魔物が強いということもあるが、『殺してはいけない』とされるものも多い。更に、敵に使われる光魔法というのも厄介だ。自己治癒や結界魔法を扱う魔物というのは面倒くさい。
「殺さなければいいのでしょう。殺さなければ」
ゲイリーはそんなことを言っているが、ケイトリンから受け取ったダンジョン地図には妖精がいるのは洞窟に入ってすぐの場所だと書いてあったため、剣はまだ取り出せていない。
普段はずっと剣を持っているために、今の状況には少し違和感を感じるらしく、時折、いつも剣のある位置に手がいく。
「本当にあいつは必要だったのか?」
「次の階層にホワイトドラゴンがいるわよ」
「じゃあ、必要か」
レオノアとサミュエルも戦闘ができないというわけではないが、やはり戦いという場面ではゲイリーがいると安心感が違う。また、ホワイトドラゴンの鱗が『聖竜の鱗』と呼ばれるものなので、それを二人で手に入れられるかと問われれば疑問が残る。
「人魚の涙、というものの入手方法がよくわからなかったけれど」
「それは俺も調べたが、よくわからなかった。おそらく、魔物を見れば俺の目で理解することができるとは思うが」
サミュエルはそんなことを言いながら、牛乳とクッキーのセットを並べ始める。
「それは……ふざけているのか?」
「いや、古来より妖精たちの力を借りる時はこうやって呼び出すだろう」
大真面目な顔のサミュエルに、ゲイリーは「本気か?」とでも言うような目をしていた。レオノアに視線を送ると、笑顔で頷かれたため「そういうものかもしれない」と考え直した。
「少し時間はかかるが……。ほら、見られている感覚はあるだろう?」
サミュエルは唇の前に人差指を当てて声を落とす。気配を探れば、確かに牛乳とクッキーのセットを気にしている存在の気配を感じる。
「この手紙を置いて、少し離れた場所にいよう」
そう言われて、岩陰に隠れて様子を覗き見る。
おそるおそるといった様子で妖精たちが現れ始めた。牛乳とクッキーの前で集まって相談をしている。そのうちの一人がクッキーを食べると瞳をキラキラと輝かせた。
「ぼくたちの鱗粉が欲しいんだって!」
「うーん……それくらいでいいなら」
「こんなところまで、おいしいお菓子を届けてくれるヒト、少ないし」
「というか、あの子。黒の末裔じゃない!?こんなところに来るの久しぶりね」
「サービスする?」
サミュエルは魔物に好かれやすい性質でもあるため、大きな驚きはないし、協力してもらえるのはありがたいことである。だが、それはそれとして変な人たちに騙されないかが気になる素直さである。
「……置いておいた袋に鱗粉を入れ始めましたね」
「あら、喧嘩も始めたわ。クッキーが足りなかったかしら」
難関ダンジョン内だというのに、彼らの声はどこまでも呑気だった。
あの愛らしい妖精たちが敵だった場合、幻覚で錯乱させ、同士討ちを狙ってくる存在だとは思えない光景だった。
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