9.聖剣作り
「レオノアさーん、ケイトリン殿下がお呼びですわぁ~」
婚約破棄騒動から少し経ったある日、ケイトリンの宮で侍女をしているアメリアがレオノアを訪ねてきた。シャウタ男爵令嬢だった彼女は結婚し、現在はマーティンという姓に変わっている。子爵夫人となった彼女は、ケイトリンの要請でまだ働いていた。
「今度は何の御用でしょうか?」
「わかりませんわ~?でも、殿下のお勉強関連だと思いますの~」
そう言って困った顔をするアメリア。彼女からケイトリンの手紙を受け取ったレオノアはそれを読むと眉を顰めた。
(婚約破棄をしてから、神話と聖剣の研究をしている、とは聞いていたけれど)
それを、本当に『作ろう』としているようだった。
ケイトリンが元気に研究をしている分には何も思うところはない。むしろ、レオノアとしては婚約者がいながらよその女に目を向ける男など、碌な人間ではないのだから、縁が切れてよかったのではないかとすら思う。これには、レオノアの実父の影響もあったかもしれない。
しかし、こんなに早くその結論にたどり着いたということは、どこかに伝説の剣と呼ばれるもののレシピでもあったのだろうか。存在しないものを一から作り出すことは困難だ。最近ではレオノアに何か依頼することも控えていた様子だったので、決定的な何かが見つかったという可能性が高いだろう。
レオノアはそう考えて、「まずはカイル殿下に報告をさせていただきます」と返す。
もしレオノアが協力することになれば、少なからず紅玉宮を空けることになる。直属の上司にお伺いを立てる必要があった。
アメリアの持ってきた手紙を持って、執務室の扉を叩くと、ゲイリーとサミュエルがすでにカイルと共にいた。レオノアの顔を見たカイルは「……姉上だろう」と口にする。
「よくお分かりになりましたね」
「先ほど、私の下にもいくつかの文が届いてな。……ゲイリーとサミュエルも追加で貸してほしいと」
カイルの言葉に、三人は怪訝そうな顔をする。
三人とも、確かにそれなりに才能ある若者ではあるが、その方向性はバラバラだ。何をどうして選出されたメンバーなのか、想像がつかない。
「『聖剣作り』については聞いているか」
「先ほど、私も文をいただきました」
レオノアはそう答えたが、他の二人は初耳であったようで、一先ず聞く体勢となった。
「姉上……第一皇女ケイトリンが、昔存在したと言われる勇士のみが使用できたとされる聖剣を作った者の記録を解読した。我々の喫緊の課題として、隣国で復活が間近とされる邪竜の討伐があった。これを解決する一助になる可能性が高いことから、国家的にこれを制作することとなった」
カイルのもとに届いた手紙はケイトリンからきたものだけではない。王太子であるデレクのものと皇帝のものもある。
実質、拒否権などない。
「よって、これに協力することを命じる」
「……俺とサミュエルは材料集めに関する部隊として働くことを期待されている。そういった解釈で間違いありませんか?」
「そうだ。特定の条件下でしか採集できない素材も存在するらしい」
「しかし、それでは殿下の警護が手薄になるのでは」
「ライアンもいるし、デレク兄上の所からロイドが来るらしい」
「……今、学園で非常勤講師をやっていませんでしたか?」
サミュエルの問に、カイルはそっと目を逸らして、「別の者に行かせるとのことだ」と答えた。
魔術省で魔術師やっている魔法学の権威であるロイド目当てに彼の講義を受講している者も多いのだが、それをカイルの側に置いてでも、今回の件は優先されると判断されたようだ。
カイル個人としては、この三人を纏めて送り出すのは心配ではあった。
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