7.婚約破棄騒動
「私の愛するマリア嬢に対する極悪非道な行い、皇女といえど決して看過できない!婚約を破棄する!!」
ケイトリンを指さして、声高にそう言う男がいた。
この場所が宮殿の前であることを忘れているかのような行動に、ケイトリンは呆れたように溜息を吐いた。
「マリア、マリアと……全く騒々しいったら。てっきり、わたくしのことは忘れていると思っていたけれど、覚えていたのね?」
そのまま忘れていればよかったのにとでもいうような口ぶりだ。実際に、ケイトリンは目の前の、婚約者である男のことが好きではない。いや、マリア・ハーバーがこのエデルヴァード帝国にやってきてからは嫌っているといっていい。元から仲が良いとは言えなかった関係が悪化している状況だった。
「それで……わたくしとの婚約を破棄したところでどうなるの?」
「あなたがいなければ私が何もできないというような言い方だな。その傲慢なところが彼女を傷つけたのだろうな」
「傷つけた?わたくしがあの女に興味があるとでもいうような言葉ね?お生憎様。その方の存在は知っているけれど、話したことすらないわ」
そうやってギスギスしている二人から少し離れた場所にレオノアはいた。
カイルからケイトリンへ渡す書籍を預かっているため、叶うことならばさっさと解散してほしいところだ。
(一回帰って、カイル殿下に事情説明とかしておくべきかしら?それとも、宮殿に入って皇太子殿下とか第二皇子殿下に助けを求めるべきかしら)
少し考えて、それから宮殿の中へと入った。近衛兵を見つけると、外で起こっている出来事を素直に話して、対処できる人間を呼んでもらう。レオノアにだって仕事があるのだ。いつまでも待っていたくはない。ただでさえ待つ時間というのは辛いものなのに、婚約破棄だとか叫ぶ男がいるのだ。絶対に関わりたくない。
「……バレット・ターナー侯爵令息が外で口に出すのも不快な発言をしていると聞きましたが、本当ですか?」
「はい、エリアス殿下。よりにもよって、宮殿のすぐ前で口論をしておられます」
「そうですか……。死にたいのでしょうか。それともターナー侯爵家は我々皇族に
喧嘩を売らなければならない事情があるのでしょうか」
「所感ですが、あれは何も考えていないかと」
レオノアの返答に、第二皇子エリアスは深々と溜息を吐いた。
元から、ケイトリンの婚約者バレット・ターナーは思い込みが強いところがあり、恋愛体質で、すぐに『運命』なるものを感じる男であった。それでも、一人息子であったために侯爵家の嫡男として育てられてきた。彼の手綱を握るという意味でも、侯爵家を潰さないためにもケイトリンが婚約者として据えられていたが、この様子では無駄であったようだ。
「デレク兄上に殺されても仕方がないな」
何の対処もできずにマリアの魅了にかけられているというのであればまだ言い訳もできたかもしれない。しかし、彼が身につけさせられているのはレオノアの作った最新のアミュレットだ。それを身に着けてなお、危険人物だと言われている人間に夢中になっていることを考えれば排除される可能性が高い。
「それで、レオノア。君はなぜこちらにいるのですか?」
「カイル殿下より、ケイトリン殿下にお渡しする書籍をお預かりしております」
「……なるほど。それは僕が渡しておきましょう。君はカイルの元に戻って構いません。それと、外でのことは」
「はい。口外いたしません」
レオノアが頷くのを確認したエリアスは青白い顔で微笑みを浮かべた。
「けほ……。はぁ、今日はあまり体調がよくないのですが」
それでも、少しでも丸く収めるには出向かざるを得ない、とエリアスは護衛兵とともに外へと向かっていった。
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