6.備え
ヒュースの作った上級身体回復ポーションはその一部を皇族で管理することになった。やはり、生産数が限られることもあって、大きな制限はかけられていない。
秘密裏に一本、しまい込んでいるようだが、それ以外は国として管理することになったようだ。「エリクサーでもないというのに」とヒュースは溜息を吐いていた。
「まぁ、薬師や錬金術師としては憧れの一つよねぇ」
レオノアはそう言いながら、錬金釜にいくつかの鉱石を入れる。彼女の言葉を聞いたサミュエルが「君もか?」と問えば、当然だというように頷いた。
「全ての肉体の異常が治る、奇跡の薬よ?作ってみたいと思うのは当然ではないかしら」
「なるほど。好奇心からか」
キラキラと輝く瞳を見て、それが人を助けるためなどではないと気づいたサミュエルが苦笑する。
レオノアは魔力を込めて、魔法陣が浮き上がると少しして赤い光が放たれた。釜の蓋を開くと、特殊合金が現れる。
「……失敗かしら」
「少し前から金属の合成を試しているが、何を作ろうとしているんだ?」
「新しい合金よ。まぁ……これも趣味ね」
面白そうな材料を自分で買い集め、何かに使えそうな新しいものができればそれでいい。それで生まれた新たな魔道具も存在するため、ある程度は許されている。
「この間の新型オーブンもこうやって遊んでできたものから生まれた物よ」
「じゃあ、失敗とは」
「以前も同じものができたのよねぇ……。構成成分が似ているのかしら」
不思議そうな顔で、ノートに配合を書いていくレオノアは思い出したように「そういえば」と言って動きを止めた。
「この間、ケイトリン殿下に新しいアミュレットをお渡ししたの。あれ、何に使うのかしら。あの方の分は前もって皇帝陛下より渡されていたのではないかと思うのだけれど」
「何か考えがあるのだろう。それは、俺たちには関係がないことなんじゃないか?」
「それもそうね」
二人とも、ケイトリンの動向にそこまで興味があるわけではない。ケイトリンの方も、「レオノアたちに頼むと想定よりも事が大きくなるのよね……」とあまり頼って来なくなっている。それでも頼んできたということは、何か動かしたいものがあったのだろう。詳細を聞いていない以上、サミュエルの言う通り、レオノアたちが何か言える問題でもないのだろう。
「ちなみに、強化魔石もいくつか用意したわ」
レオノアが空間魔法内から宝石を入れるようなケースを取り出す。その中には色とりどりの魔石があり、どれも大きい。高値で取引されるだろう大きさだ。
「ふふ……これほどに純度が高い魔石を増強できる錬金術師はそう多くないわ」
「……これはまた、馬鹿な真似を」
こんなものを持っていると知られれば、問答無用で持っていかれそうだ。
だからこそ、レオノアも隠しているのだが。
手を動かすと、それはまたレオノアの作る空間魔法の中に消える。
「理論的にはできるのだもの。みなさまが頑張って作り上げればよいの。これは、私が必要な時に、必要な分使う用よ」
そして、その時はきっとくるだろうとレオノアは予想していた。
今はまだ、婚約者と周囲の男を誑かして遊ぶことで満足しているマリアが何をしでかすかわかったものではないし、邪竜の問題は解決していないのだ。
そう、平穏なのは見かけだけなのだ。
(備え、というのは私たち個人にもあるべきだと思うのよね)
今も戦っているかもしれない友人たちを思い出しながら、そんなことを考えていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。