1.『悪役』は誰?
レオノアたちがエデルヴァード帝国にやってきて、三年が経った。
近年、隣国であるロンゴディア王国は聖職者が必死に動いてもなお、増大していく瘴気と凶暴な魔物に悩まされていた。狂化した魔物まで現れ、国家的な危機に立たされたことで、周辺国に助けを求めていた。
「で、なぜ我が国なのだろうな」
エデルヴァード帝国第三皇子カイルは不服そうに書類を指で弾いた。
それは、王太子となったラファエルとその婚約者マリアがエデルヴァード帝国に留学してくるというものだった。避難、ともいえるだろう。
はじめ、エデルヴァード帝国は彼らを拒否していた。各国に魅了を振りまいていた女を国に入れようだなんて思う方がおかしいというものだ。しかし、マリアの力は日々強力になり続けていた。彼女の能力によっていつの間にか留学が許可されていたというのだから恐ろしい。
考え込むカイルを見て、レオノアはもう記憶が朧げである『乙女ゲーム』というものを思い出そうとしていた。
彼女の前世なるものに興味がない。多少の影響は受けているかもしれないが詳しくは覚えていない。それでも、何か鍵になるものがないだろうかと思っていたが、やはり思い出せなかった。
「何かはわかりませんけど、たまに出てくる『乙女ゲーム』というものと関係があるのではありませんか?」
「あの謎の言葉か……。あの女がたまに見ているという冊子を見た者曰く、何を書いているかわからないというノートに詳細が書いてあるらしいが」
今、レオノアたちに流れてきている情報といえば、マリアはこの世界を『乙女の祈りは誰が為に』という『乙女ゲーム』の世界だと思っていること。
そして、その舞台は『不完全』であったこと。
それ故に、ロンゴディア王国の災いが起こっていると考えているらしいということ。
「つー、というものに関連して我が国を選んだようだが」
カイルがそう言うと、ゲイリーが眉間に皺を寄せながら答えた。
「オトタガ、というものを『元に戻す』のに必要だと考えているとのことでしたが……不完全に終わったというのと矛盾しますね」
「もしかして、つーっていうのはそのオトタガという遊戯のナンバリングだったりしません?」
ライアンが「本の一巻、二巻というのと同じように、続編みたいなのがあったと考えられませんか?」と付け足すと、その場にいた全員が心底嫌そうな顔になった。
そうであるならば、この国が引っ掻き回される可能性が高い。マリアに搾取されるために国を富ませようとしたわけではないのだ。
「国内貴族にはあの女の対策を周知させねばならないか」
「今からでも、加護断ちの装身具を身に着けさせることを条件にできませんか?」
レオノアの問に、カイルは静かに首を横に振る。
正気を保ちながら、その交渉ができる人間は限られる。レオノアの作った魔道具を持っていても、外交官は国に彼女を受け入れるという判断をしてしまったのだ。マリアから離れることで、事態の深刻さに気付いて正気に戻ったが、長時間側にいれば、取り返しのつかないことになっていただろうと、今でも彼女に恐れを抱いている。
「……精神魔法に対してある程度の耐性を持つ者を選んで、それだ。結果、私たちも彼女たちに近寄らぬようにと皇帝陛下と皇太子殿下に言明されている」
「厄介なこと……」
本当に忌々しい。
レオノアがそう考えてしまうのもある種、仕方のない話だろう。もう十分に彼女には痛い目に遭わされている。
「レオノアとサミュエルも私の側を離れぬように。……特にレオノア。マリア・ハーバーは『アマーリア』に並々ならぬ関心を抱いている。『悪役』としてな」
レオノアはその言葉を聞いて、「まぁ……」と困った顔をする。
本当に悪役と呼べるのは果たして自分なのだろうか。そう思えてならない。
なぜならば。
(私は、主人公に虐げられたけれど、主人公に危害は加えていないものね?)
今、この世界が物語と呼ばれるものだったとして、悪役がいたとするならばそれは果たしてどちらだっただろう。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
一応全部書き終わったので、これから完結まで毎日6時/18時投稿予定です。