59.完成の報告
「ヒュース、レオノア。わたくしが依頼した内容とは別のものができあがったと聞いたけれど」
「すみません」
「私はきちんとしあげました。遺憾の意」
隠していたのはできあがった時期だけである。レオノアはそんなことを口には出さなかったが、隠しているだけでも十分にたちが悪い。
彼女は別に本心からソフィアを助けたいだなんて考えていたわけではないので、取り組み、作り上げたというだけでも頑張ってはいる。少なくとも、レオノア自身はそう考えていた。
二人の目の前にあるいくつかの薬は、カイルの手で皇帝に報告され、治験が始まっている。直属の上司の方に「できました」と持っていくあたり、やはりケイトリンよりもカイルの方が、好感度が高かった。ヒュースの方もやはり強引に連れて来られていたらしく、レオノアたちに便乗してきていた。
「……結果的に、ソフィアの容姿は元に戻り、ゼロル風邪も特効薬が見つかったというので良い結果になりました。なので、許しましょう。しかし、なぜ全てカイルが報告してくるのです」
「直属の上司なので」
「便乗しました」
「サミュエル」
「俺の上司もカイル殿下ですので」
みんな、「ケイトリンに会うのが(他にも何か申し付けられそうで)面倒だった」というのは隠したままそう答えた。
ソフィアは身体が治ってから、レオノアにお礼をしたいと度々、手紙を送ってくるようになった。それに対して、面倒だからと功績をヒュースに押し付けようとしたが、ヒュースも面倒くさがって「やめろ」と言ってきたので、結局レオノアが返事を返している。
「解決したならばよかったではありませんか。この薬が効けば、周辺国にも恩が売れるでしょう」
「皮膚用ポーションと喉用の薬も、有用ですね」
「……干からびた魔力を元に戻す術がまだ見つかっていませんが」
二人の取り繕わない言葉に、ケイトリンは今度こそ頭痛がしてきた。
ヒュースは患者が減ればそれだけでよく、レオノアは面倒事をさっさと終わらせたかっただけなので仕方がない話ではある。
「干からびた魔力を元に戻す……魔力欠乏症などにも応用できそうですね」
「次はこちらを研究してみるか……。レオノア嬢、サミュエル。君たちも何かわかったら連絡してくれ」
サミュエルの感想を聞いたヒュースは途端にやる気を増していた。
置いてけぼりなのはケイトリンだけである。
「カイルはどうやって変わり者たちを御しているのかしら……」
レオノアとサミュエルは「別に御されていないけどなぁ」なんて顔で上司を思い出していた。
彼らにとって第三王子カイルは好き勝手やらせてくれる貴重な権力者だった。実際、カイルも「変に干渉しても碌なことにならない」と思っているので、マズいと思ったことにだけ口を出す存在になっている。
とにもかくにも、これで仕事が終わったということを確認して、カイルの元に報告に行った。
「殿下、ヒュース・スペルビアは手元に置いておいた方が良いと思います」
「レオノアがそう言うのは珍しいな」
「あれは仕事に対して真摯ですが、性格のせいで絶対どこかで陥れられて酷い目に遭います」
「酷い理由だな!?」
そうは言えど、レオノアが口を出す程度に優秀で、陥れられて消えるのが惜しいと思うほどの医師ならば、手元に置いておいてもいいだろうとカイルは考える。
信頼できる医師というのも貴重だ。実際、カイルの兄である第二王子は医師によって毒を盛られたことがあった。奇跡的に生き延びたが、それ以降、身体が弱くなってしまい公に姿を見せることは少なくなった。
仕事に真摯だというならば、よほどのことがない限り、毒を盛るなんて真似はしないだろう。
そう判断されたヒュースは様々な根回しの結果、カイルのいる宮に異動が決まったのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ヒュース・スペルビア
レオノアの前世がいう『乙女ゲーム』において、とあるイベントにて出てくる手記にのみ名が残された医師。その時点で故人。
宮中医師内での争いに巻き込まれ、陥れられて獄中で死ぬ運命だった。
しかし、今回ケイトリンに無理やり参加させられた結果、カイルに引き取られる形で職場異動。難を逃れることに。
ゲーム内でも苦心の末、ゼロル風邪の特効薬を生み出していた。