58.鍵は魔力の安定
ヒュースはゼロル風邪の現在の治療法について「主に対症療法となる」と告げて、現在効くとされている薬を並べ始めた。
「魔法薬は今までゼロル風邪の症状・後遺症を悪化させただけだった。ポーションも魔力を注入して作るだろう?だから、今まで避けてきたが」
「月光花には魔力を安定させる効力もあるので、それが関わっているのではないでしょうか」
「なるほど……」
ヒュースは少し考え込むように、目を伏せた。
月光花はサミュエルが畑から摘んできたものが机の上に乗っている。レオノアの言うようにそれには、体内の魔力を安定させる作用もあった。微かに白く光が見える液体を持ち上げて、ヒュースは手のひらにそれを出した。
「なるほど、確かに身体回復用のポーションを基にしているだけあるな」
身体回復ポーションで回復をさせつつ、皮膚組織の回復を促進する。その結果、ソフィアの肌は少しだけでも元に戻った。
「魔力を安定させることで魔法薬の効果が出るのなら、普段の薬にも月光花を調合するか?」
「月光花は調合が難しいわ」
「ルリ草と合うことがわかるまでに、彼女は幾通りもの薬草を試した。普段使っている薬と合うかはやってみなければわからない」
実際、組み合わせによって思いもよらない薬もできてしまった。それは現在、カイルとその兄である王太子の下で管理されている。レオノアも、個人で管理することはしたくなかったので受け入れている。
「一応、今判明している調合するうえで禁忌となる植物のリストは作ったわ」
その中に、現在ゼロル風邪に使われている薬の材料があったため、ヒュースは眉間に皺を寄せた。
「他に魔力を安定するとされる薬草というと……」
ヒュースが書き出した名前を見ながら、サミュエルは安定供給できそうな薬草をピックアップする。特効薬を作れたとして、その量が限られていれば助かるのは一部の貴族や金持ちになってしまう。貴族よりも魔力が少ないとされる平民が重症化するケースは少ない。しかし、ないわけではないのだ。
「ふむ。解熱鎮痛剤だけなら、早期に用意できる可能性があるな」
その中に、普段から取り扱いのある薬草があったのだろう。ヒュースは「師にも連絡してみるか」と紙に今の内容を書き記す。
実際に取り扱うかどうかは人体に害がないかを確かめてからにしなければならない。魔力の多い、特に子どもを苦しめてきた病だ。早くできるに越したことはない。
ヒュースは礼を言ってから、「早く試してみなければ」と急いで出て行った。
「……実際、上手くいくと思うか?」
「私は医師ではないのだから、わかるはずがないでしょう。……というか、準魔法薬である旨は書いていたのに、よくソフィア様に化粧水を渡そうと思ったわね」
レオノアは、ヒュースの話を聞いてからずっと思っていたことを吐き出す。サミュエルは頷くと苦い表情になった。
「政敵か、レーヴェン嬢がいなくなったら都合がいい者か……。一応、カイル殿下に伝えておく方がいいだろうな」
「そうねぇ」
結果的に治っているのだからいいが、今の「魔法薬はゼロル風邪の症状・後遺症を悪化させる」ことを知っているものが差し入れたとすればなんとも性格が悪い。愛娘が苦しんでいる姿を見た両親は藁にも縋る気持ちで使ったのだろう。
「まぁ、悪いことというのは多くの場合すぐにバレてしまうものよ。もちろん、報告はするけれど、私たちが気にすることではないわ」
レオノアは、そう言って肩を竦める。
そして、ヒュースが彼の師と必死に作った薬が完成するころ、ソフィアの従妹が症状を悪化させようとして寄り子に化粧水を持って行かせたことが発覚していた。
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「ほら、小物のくせに悪知恵を働かせるとああいうふうに孤立することになるのですよ」
そう言ってきゃっきゃとはしゃぐレオノアを見たアメリアちゃんはだいぶビビッて震えていたそうな。