57.欲しいものではあるけれど
「勝手に買うのはどうかと思うわ」
勝手に注文していた錬金釜が届いたので、レオノアに渡すとそう言われてしまったサミュエルはそっと目を逸らした。
とはいえ、レオノアの目は新しい錬金釜から離れていない。欲しかったものではあるのだろう。
「君が作ったもので得たものが大きいからね」
「あまり気にしていなかったのだけれど、そんなになの?」
自分が稼いでいる金額を詳しく把握していないレオノアがそう問うと、サミュエルは神妙な顔で頷いた。
生活がかかっていれば、レオノアだってきっちりと管理をするが、現在の彼女はほとんどをカイルからの給金で賄えているし、研究も結果的に国家事業として予算が下りることが多くなっていた。だからこそ、シュバルツ商会がレオノアの取り分として払っている金額や、エデルヴァード帝国から出ている特許に対する金額のことをあまり気にしていなかった。
「君はもう少し、自分の口座に入っている財産の把握をしておいた方がいい」
「次の休みに確認しておくわ」
サミュエルの言うことももっともだと思ったレオノアは素直にそれに頷いた。レオノアからすれば『作っているだけ』なので、むしろ浪費をしている気分だった。
(でも、サミュエルがそう言うってことはそれなりの貯金があるということよね。なぜかしら)
不思議な心境ではあるが、魔道具が売れているという話や、化粧水が広まっているという話も聞いている。その売り上げの一部だろうと自分を納得させた。
サミュエルの兄であるサルバトーレは一方的に搾取することを望まず、正当な分配を行っているし、カイルだってそうなるように調整させている。レオノアの商売っ気があまりないからといって、それを踏み台にした瞬間、何が起こるかを知っている。
「一応、俺の畑から薬草をいくつか選んでもってきた」
「なぜ畑を持っているの?」
「君がほしいんじゃないかと思ったからだ」
当然のようにそんなことを言うサミュエルを見ながらレオノアは「これも愛というものかしら?」なんて首を傾げた。
それにしても、サミュエルは貢ぎ過ぎている気がする。
「……私のためだというのなら、私にもお世話をさせてくれる?一方的にもらうだけはよくないわ」
「君と同じ時間を過ごすことができるのは嬉しいことだけど、このままでは一方的にもらうことになっているのは俺たちだけになってしまうからな。気にしなくてもいい」
レオノアの作ったものの多くはシュヴァルツ商会から商品化している。そのことによって、シュバルツ商会は多くの富を得ているのだ。
これはいわば還元。だからこそ、サミュエルの兄、サルバトーレもこれらの行いを許しているのだ。
「そもそも、一方的に俺が君に貢ぐだけ、なんてことをうちの兄さんが黙って見ているわけがないだろう」
「それもそうね。お金には厳しそう」
お金、というよりも商売に関することでは厳しい。
納得している様子のレオノアを見ながら、今も楽し気に働いているであろう兄の顔を思い浮かべた。
(どう売り出そうか、義姉さんと話し合っているかもしれないな)
そんなことを話していると、研究室の扉を叩く音が聞こえた。それに、レオノアが返事をすると、ヒュースが入ってくる。
机の上に乗せられた薬草を見て「どこでこの量を調達できたんだ」と問う彼に、「サミュエルが育てた物なの」と返す。
「私の研究用に育てたのですって。愛ですよねぇ」
「俺ほど君を思う男はいないということだ」
「まぁ……」
「いちゃつくのは業務外にしてくれ」
本当に嫌そうな声であった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。