12.学生冒険者
レオノアは学園にいる間は学生として大いに学び、放課後や休みは冒険者として働いていた。
貴族の生徒の一部は、レオノアを「卑しい平民」と嘲笑っているが、多くの貴族は無視だけである。貴族の中にだって、裕福な者もいれば、貧しい者だっている。領地が自然災害に襲われることだってあるし、魔物による被害が出ることだってある。内心悔しがっていたとしても、平民は自分たちが守るべき民なのだと思っている者だっている。
どちらにしても、貴族と平民の間には壁がある。どう関わっていいのかなんて互いにわかりはしない。だから、ある程度距離が開いているのは仕方のない話だ。
だから、レオノアもそんなことはあまり気にしないことにした。
ヒロインである異母妹は取り巻きにいつも囲まれて、まるでお姫様のようにちやほやされている。他の女生徒から注意をされても少し困った顔をするだけで、取り巻きの一人が烈火のごとく怒って追い払う。怖い思いをすすんでしたい人間などいない。たった数日で、異母妹マリア・ハーバーへ注意をする同性の生徒はいなくなった。同様に、数名の男子生徒も大きく距離を取っている。第一王子ルーカス・ロンゴディアとその乳兄弟であるウィリアム・アスールもその中に入っている。
(あまり覚えてはいないけど、第一王子とその側近なら攻略対象、というものだと思うのだけど……避けているみたいね)
必ずしも主人公に惹かれるというわけではないのかもしれない。そもそも、ゲームとこの人生が完全に同じであるならば、自分はハーバー家の令嬢のままだったはずだと思い返して苦笑する。
いつもキョロキョロと誰かを探しているようだ。けれど、誰を探しているのかはわからない。
(私がいないなら婚約者の座だって射止められたかもしれないのにうまくやらなかったのね)
もしくは、彼女の目当てはもっと別の誰かなのか。
レオノアは自分には今更関係がない、と教科書を抱えなおした。
そして、目当ての教師を見つけてぱっと笑顔になる。
「ジャクリーヌ先生、先程の授業の内容なのですが……」
教師という生き物は教えを乞う人間に対して好意を持ちやすい生き物らしい。健康なので保健医とは関わりがないが、それ以外の授業を担当する教師とは親睦を深めていた。
マナーの先生はとても厳しいけれど、レオノアに合った課題を毎回出してくれた。そのおかげで教室にいてもあまり浮かなくなった。悪目立ちをするとろくなことがない。
ある種の生きるための手段として教師を活用していた。そもそも足りない知識が多い。授業についていくためには仕方のない部分もある。
色目を使っている、などと言われないようにだけ気を付けて、友達はできないにしても、彼女はそれなりにうまくやっていた。
そんなある日のことだった。
「レオノアさん、少し良いかしら?」
「はい、デイビス様」
入学して二ヶ月したころ、レオノアはデイビス公爵令嬢オリビアに呼び止められた。
何かしただろうか、とレオノアは不安そうな顔をした。そんなレオノアを安心させるようにオリビアは柔らかく微笑んだ。それは、レオノアが一瞬、見惚れてしまうほどに美しかった。
そんなレオノアを見て、落ち着いたと判断したオリビアは少し困ったような顔を作る。そして、本題に切り込んだ。
「あなた、放課後に冒険者ギルドに出入りしているのですって?」
「はい、平民ですので学用品を買う資金を貯めたくて」
「そう。それは立派なのね。けれど、制服で向かうのは感心しないわ」
その言葉を聞いて、レオノアは瞳をぱちくりと瞬かせた。
思考を巡らせて、やがて納得したように頷いた。
(私の制服は寄付されたものであるとはいえ、この学園のものであるということには変わらないものね)
ロンゴディア学園に通う生徒の多くは貴族であり、特に現在在籍している平民はレオノア一人だ。そして、一旦外に出てしまえばその制服を着ている生徒が平民か貴族か、なんて見分けることは難しい。
「ここは多くの貴族が通う学園です。その学園の制服を着て冒険者ギルドでお金を稼ぐのは、学園の品位を落とします。それに、貴族子女と間違われて危害を加えられて傷つくのはあなたでしてよ。活動自体をやめるように、などとは言いません。あなた自身のために、もう少し考えて行動なさい」
「申し訳ございません。そこまで考えが及んでおりませんでした。忠告を頂きありがとうございます」
教わった通りに頭を下げて謝る。
レオノアが頭を上げると、オリビアの驚いた顔があった。珍しい、と見つめていると、彼女は恥じるように咳払いでごまかした。
「デイビス様?」
「ごめんなさい。わたくし、ずっと話の通じない子に注意をしてきたので素直に聞き入れてくれると思わなかったの」
「それは……大変でしたね」
それが誰のことかはわからないまま、「話の通じない人間っているからなぁ」なんて軽い気持ちでそう言うと、オリビアは優雅に微笑みだけで返した。これ以上を言うつもりはないようだ。
「では、気をつけてくださいましね」
レオノアが納得して、気を付けるだろうと判断したオリビアはそのまま去っていった。実際に気を付けるべきことである、とはわかりつつもレオノアは「面倒だなぁ」とため息を吐いた。だが、これが貴族に混ざって教育を受けるということだろうと着替えのために急いで寮へ向かった。
薬草の採取と弱い魔物退治くらいしかできないレオノアだけれど、その稼ぎは馬鹿にできないのである。
冒険者ギルドに到着すると、ルカが手を振った。
「レナ、今日は遅かったね」
「ルカ、三日ぶり!今日は着替えてきたから」
「いつも学校の制服だったからね。……もしかして、怒られた?」
「ちょっとね。でも正直、今言ってくれて助かった。危ない目には遭いたくないし」
そう言って苦笑すると、ルカは「確かにね」とレオノアと同じ、複雑そうな表情をした。
「制服、似合っていたけど危ない目に遭うのは良くないからね」
「ありがとう。そういえば、ウィルは?」
「依頼を受けに行っているよ。今日はミニゴブリンの討伐でいい?」
レオノアはその言葉に頷いた。
ミニゴブリンはその名の通り、ゴブリンの小さい種族である。小さいからといって馬鹿にはできない。大量発生が起こればその場にある作物を食い散らかし、強奪してしまう。本当に食べるだけならば害獣と同じようにしか思わないだろう。だが、ミニゴブリンは強奪した作物を楽しそうに投げつけ、それで遊び、怒る人間を指さして嗤う。田舎では農家の敵とも呼ばれ、Gから始まる例の虫よりも嫌われている存在である。レオノアのいる村ではクワでぶん殴って追い払っていた。レオノアはいくら追い払ってもやってくるミニゴブリンにキレて、薬師のおばばと共にミニゴブリン用の農薬まで作った。
三人で依頼地に行くとたくさんのミニゴブリンがいた。
それを見た三人は相談して、討伐方法を考える。
「二人が追い込んで、一人が魔法でまとめて撃破……が楽かな」
「そうなると俺はあまり魔法が得意でないから追い込み側か」
「僕も攻撃魔法はあまり得意じゃないな。レナは?」
「火の系統の魔法は得意だよ」
結果として、ルカとウィルが追い込み、レオノアが殲滅するという方向で決まった。準備をする二人の持っている剣を見たレオノアは目を細める。
二人ともがとても平民の子どもに手に入れられるものとは思えない剣を持っていた。高確率で貴族。次点で高ランク冒険者の息子、それより確率は落ちるが裕福な商人の子であるだろう。
(制服の件、もう少し早く教えてくれてもよかったと思う。まぁ、事情があって身分を隠しているみたいだから強くは言えないけど)
気分を切り替えて、所定の位置につく。
倒した数はギルドカードに自動登録される。昔、材料を集めていた錬金術師が「倒した数がわからないと依頼が達成できたかの判別がつかないのではなくって?ついでに身分証明書として利用できるようにしておきましょう。天才のわたくしに感謝してもよくってよ」などと言って作った技術が今なお受け継がれている。冷静に考えると、とんでもないことをやってのけている。この技術は現在でも超える技術が生まれていない。ゲームではご都合ファンタジーと呼ばれているものも、それが現実となれば実際に『作った』人間がいる。
いつか、超えてみたいとどこかで思ってしまうのはレオノアに眠る血の呪いだろうか。
そんなことを考えていたら「レナ、行ったぞ!」という声が聞こえた。
顔を上げるとミニゴブリンがレオノアを目掛けて走ってくる。目の前にいるのが華奢な少女であったからだろうか。小さな斧を振り回しながらそれらは駆けてくる。
それを見て、レオノアの口元はゆっくりと弧を描く。それは他者の瞳を引き寄せるかのような蠱惑的な笑みだった。同時にどこか嗜虐的なものを感じさせる。思わず、ルカとウィルの足が止まる。
「さぁ、灰になって消えなさいな」
どこまでも冷たいのに、その声は彼らに熱を与える。大人びた、女の声だった。
鮮烈なまでの赤い炎がミニゴブリンを飲み込んでいく。すべてが消えたころ、「あら、こんなもの?」と不思議そうな声がした。
「終わったよ!」
そう言って元気に報告してくるレオノアに、二人は意識を現実に引き戻される。そんなルカたちの様子にレオノアは首を傾げた。すると、ルカは「すごかったよ」とレオノアを褒めた。レオノアははにかむように笑った。
三人はそのまま報告に向かって、報酬を分け合って別れた。ほくほくしたレオノアを見送ったルカとウィルは難しい表情をしていた。
「あれは、レナだったのか?」
「少なくとも記憶も自我もあったようですが」
「……『赤』」
「その可能性はあるでしょうね」
どうやっても誤魔化せない金色の瞳と、蒼の瞳がレオノアの去った方向をしばらく見つめていた。
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