53.ゼロル風邪
ゼロル風邪とは、旧ゼロス地方……現在のロンゴディア王国の辺境にある場所から発生したとされる感染症である。
人間、特に魔力の高い者に対して猛威を振るい、罹患した場合の死亡率は30パーセントもあるとされている。症状は高熱、湿疹、咳嗽等様々であり、時には肌が爛れたり、身体麻痺が残る、魔力を全て失うといったケースも確認されている。
「その肌にこの化粧水とやらの成分が合ったのか、爛れた皮膚に対してつけたところが少し治ったらしい」
「まぁ、基本成分は身体回復ポーションと同じですものね。いわば、これはお肌特化型ポーション」
安価になったからこそ、レオノアはそれを元にして化粧水を作ったわけであるが、そのせいで意外な効果が出ていた。健康な人が使ってもお肌がつやっつやのもっちもちになるくらいなので、そういった利用方法は想定していなかった。
「我が国の公爵家からぜひ礼がしたいと姉上伝手に連絡があった」
「お礼を言われるほどのことではないと思いますが」
シュヴァルツ商会から順次販売されるものである。今後、手に入りやすくもなるだろうし、個別でお礼を言われるほどではないとレオノアは思っていた。
不思議そうな顔をするレオノアに、カイルとゲイリーは複雑そうな顔をしていた。
エデルヴァード帝国のレーヴェン公爵家は外交を主に行ってきた家だ。公爵は最近国境で起こっていた諍いなどの始末もあって、ロンゴディア王国との交渉を行っていた。その帰りにゼロル風邪に罹患してしまったようだった。公爵自身は軽症で、高熱が出ただけであったが、それは娘にうつってしまった。令嬢は公爵よりも重症で、高熱だけでなく、顔の皮膚が爛れ、声がしわがれてしまった。完治はしたものの、引きこもりがちになってしまった令嬢に、公爵夫人がたまたま手に入れた化粧水を渡したところ、症状が軽快して庭先にならば出られるようになった。そんな事情で、知らないところで彼女はとても感謝されていた。
「ちなみにだが……声を治す薬などはあるか?」
「作ったことはありませんねぇ……喉の風邪に効く薬の調合くらいなら習いましたけど」
公爵家に恩を売るに越したことはない。何かあったときに、レオノアの後ろ盾にもなってもらえるだろうと期待したが、作ったことがないという返答に肩を落とした。
「喉が痛いのですか?」
「ああ、完治はしたが喉が治らないそうだ」
「喉飴でよろしければありますが」
「喉飴……?」
レオノアが取り出した、黄金色の飴が入った瓶を見て、二人は首を傾げる。
「ドロップハニービーの蜜に、シトラスハーブ、マンドラゴラの葉、ブルーレモンを調合して作った飴です。喉がどんなに痛くてもこれを三粒ほどゆっくり舐めていればだいたい治ります」
冬も近づき、空気が乾燥してきたことで喉が痛いこともあったので、おばばに習った飴を、若干材料を変えて作ったのがこの喉飴である。
(そういえば、最近ゼロル風邪というものが入ってきているらしくって、薬草が手に入りにくいのよね)
薬師たちが殺気だっていたことを思い出しながら、風邪の予防もしなくてはいけないなと呑気に考える。
「マンドラゴラは実の方を使うんじゃないのか?」
「抗炎症作用は葉の方が高いですね。あと、安いです」
「安いのか」
基本的に、薬に使われるのは実の方であり、葉は捨てられがちな部位だった。その分、手が出しやすいお値段なのである。
受け取ったカイルは「まぁ、気休めにはなるか」とそれを受け取って、横流しをした。比較的安価で気軽に作られたものである。しかも、薬ではなく、飴。それの効果がどれほどにあるかなど、わからなかった。とりあえず、鑑定に一度回して、そこから令嬢に送ることにした。
鑑定結果も『喉に良い』としか出ていなかったので、これがどんな事態を引き起こすかなんて、現時点の彼らは誰も理解をしていなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ドロップハニービーの蜜:喉にいい
シトラスハーブ:すっきりとした味わい。爽快感が出る。
マンドラゴラの葉:抗炎症作用・一部再生機能の増進
ブルーレモン:すっぱい。喉にいい
↑をよりにもよってレオノアが調合しました。