11.入学
寮の食事の時間にだけ気を付けながら冒険者活動をしていたレオノアも、ついに入学の日を迎えた。
サイズの合わない制服は、教会から支給されている中古品である。とはいえ、少しでも汚れたり、サイズが変わったらすぐに制服を作り直す貴族のおさがりなのできれいなものだ。
(もったいないわねぇ)
通う生徒のほとんどが貴族である学園の制服だ。丈夫な、良い布を使用している。
だからこそ、そう思う気持ちもあるが、これは自分が平民として育ってきたからだろうとレオノアは苦笑する。
寮を出て、校舎に近づくと薄い桃色の長くまっすぐな髪の少女が、多くの少年たちに囲まれていた。それから少し離れて、数名の少女たちが不快そうにその集団を見ていた。
巻き込まれてもいいことはなさそうだ、とレオノアはその集団を大きく迂回するように、礼拝堂へと向かった。
礼拝堂の前に、学園の職員であろう人たちが並ぶ。
その前で手続きをしようとしたら、名前を確認した瞬間に、後回しにされる。コソコソと「どんな手を使って上位クラスに……」という声が聞こえた。そのことで、レオノアは自分が高い魔力によって相当な顰蹙を買っているのだと察した。大人しく待つしかないな、と邪魔にならない場所を探していると、周囲の人たちが道を開けるように動いていた。
その先にいるのは美しい金色の髪に金色の瞳、優し気な顔立ちの少年がいた。
(ルカ……?いいえ、あんなに堂々としていなかったし、似ているだけかしら)
冒険者仲間とどこか似た少年だった。けれど、周囲が迷わず道をあけるほど地位が高い人物。そうであるなら、同一人物であるわけがない。
レオノアはそう判断して、「世の中には似ている人が三人はいる、というものね」と思うに留めた。
彼らが手続きをした直後、レオノアは不服そうな職員に名前を呼ばれて、すぐに礼拝堂に入れられた。席は一番後ろ、隣には誰もいないが、レオノアは別にそれでもよかった。むしろ、気が楽だと安心した。
ほとんどの席が埋まったころ、入学式が始まった。
――ロンゴディア学園。
ロンゴディア王国における王立の学園で、多くの貴族の子女と魔力を持つ極々少数の平民が通う学校である。
そして、三年後には乙女ゲームの舞台だ。
悪役令嬢の立場であれば、レオノアは破滅一直線だ。死や、尊厳を奪われないように心配をし、相応の立ち回りを行わなければならなかっただろう。けれど今のレオノアはただの平民だ。できることが少ない、と共に陥れる価値もない存在だ。
(そもそも、私があの『アマーリア』だと気づくものかしら?)
幸いにも五歳で家を追い出されたレオノアの顔を知るものなどいない。
しかし、似た顔の少年はいるようだ。家名からして母方の親類だろう。追い出された日のことを思うと、苦い気持ちになる。
学園長の話が終わると、順番に所属するクラスへと案内される。
魔力の高さから学園では一番上のクラスになった。
周囲を見渡すと、そこにはかつてレオノアを追い出した義妹もいる。
かつてと違って農作業に邪魔だからと髪は肩くらいまで切ってある。肌は日に焼け、着ているのは教会に寄付されたお下がりの制服。
だからだろう。誰もレオノアに視線すら向けることはない。
嫌がらせを受けるよりは無視の方がありがたい。一番後ろの席で教員の話を聞きながら教科書を確認してそう思う。貴族にとっては大したことがない出費でも、今のレオノアにとっては違う。
(計算外だったのは、第一王子ルーカス殿下や騎士団長のご子息が同じクラスなことかしら)
教員の質はどうあれ、学園長の方針としては、身分に囚われず優秀な者を育てたいらしい。だからこその支援だとは分かっているが、あからさまな様子に苦笑が漏れる。育てたところで、使いつぶされるのがわかっている場所で働き続けたいと思うものだろうか。
それでも、国内のどこかで働いてくれるのなら万々歳……もしくは、次代の政治にかけているのかもしれない。今の国王はお世辞にも評判がいいとは言えない。少なくとも平民の間では。
レオノアには貴族がどう考えているのかはわからないけれど、学園長である王弟は国王と仲が悪いのは目の前にいた人たちがコソコソと噂話をしていたことで理解した。
国自体に争いの種があるのかもしれない。
レオノアはそんな思考に及んだと同時に、もう貴族でないことにホッとした。
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