43.休日に乱入者
休日、予定通りに二人は植物園に来ていた。楽しそうなレオノアを見るサミュエルも楽しそうだが、見ているものはあまり美しいとは言えない食虫植物だ。職員もそんな彼らを見て軽く引いている。デートスポットならばもっと良い展示があるというのに、よりにもよって気味の悪い食虫植物を見ているカップルなんてそうはいない。
「あの花の蜜には麻痺毒があって、匂いでよってきた虫を麻痺させて動けなくなったところを溶かしていくのですって」
「そうか。それで、なんの素材になるんだ?」
「そうねぇ……麻酔とか、毒ね」
「物騒だな」
「けれど、最近広まっているという外科手術には麻酔がなくてはいけないわ。どんな薬も過ぎれば毒となるし、毒もまた薬になることがあるのよね」
腕を組んで、のんびりと会話をしながら歩く二人は幸せそうだ。
場所はどう考えても悪いが。
植物園をしばらく探索した後、レオノアたちはカロリーナおすすめのカフェで休憩していた。甘いお菓子と紅茶を頼んで待っていると、席に近づいて来る男の姿が見えた。サミュエルは眉間に皺を寄せて立ち上がると、レオノアの前に立った。レオノアはサミュエルの突然の行動に不思議そうに首を傾げる。
「フィ……アマーリア……!?」
「違いますけど」
驚いた顔で自分を見る赤髪の男に「フィマーリア?」と聞き間違いをしたままそう答える。
レオノアは完全に初対面であり、すでに自分を産んだ母親の顔すら覚えていないので目の前にいる男が母親と似ていることなど、わからない。少し疲れた顔の、やたら良い服を着た謎のおじさんが声をかけてきたとしか思っていなかった。
「お前、彼女に我々のことを」
「話す必要がどこにある。彼女を愛する育ての両親がいて、彼女を認める良き主がいる。お前たちのことなど知る必要はない」
「私はこの子の伯父だぞ!?」
男のそんな言葉を聞いて、レオノアはポンと手を叩いた。
「ガルシアの」
レオノアが少しでも自分のことを知っていると思って喜んだヴァーノンだったが、次に彼女が発した言葉は「私、あなたの息子さんが嫌いなのよね」という身も蓋もないものだった。
「せっかくのデートだったのに台無しね」
「すまない。俺の店選びが原因だ」
「こんなこと、想像がつかないもの。仕方がないわ」
自分を完全に無視して話が続くレオノアたちにヴァーノンは「アマーリア、少しは私の話も聞きなさい」と話しかける。
しかし、すでに貴族に戻る気もなければ、信用もなく、国に戻れば殺されることがほぼ確定しているレオノアは素直に「その必要がどこにあるというのですか?」と返した。
「私には、妹の子を守る義務がある」
「……?でも、あの人が死んだあと、おうちに行っても追い返されたわ」
「し、しかし……」
「ああ。あのおじいさんが無様に地位を落とされたのは面白かったです。ありがとうございます」
その、ちょっぴり邪悪な笑顔は彼の妹、フィリアとそっくりだった。
それゆえに、諦められない。
幸せにできなかった妹の代わりに、姪を立派に育ててやりたいと思ってしまった。
「でも、こんなに目立つところで騒ぎを起こす軽率さはどうかと思うわ」
しかし、かけられた言葉は辛辣である。
目立ちたくないレオノアは「楽しみにしてたのに」と唇を尖らせつつも、サミュエルと一緒に店を出ることにした。
「ま、待て!待ってくれ、アマーリア」
思わずフリーズしてしまったヴァーノンは出ていく二人を慌てて追いかけた。
可愛い姪に拒否されるなんて、彼は考えてもいなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ヴァーノンはシスコン。姉そっくりのレオノア(アマーリア)を見て喜んでいる。