42.カーバンクルの知らせ
とりあえずは、いつも通りの生活に戻るようにという指示を受けたレオノアとサミュエルだったが、継続して学園には通うように言われている。
「何があっても卒業資格があれば便利だぞ」
カイルはそう言って笑っていた。それはサミュエルの兄であるサルバトーレも同意見らしく、授業を受けてから仕事をするという日々を過ごしている。研究に打ち込む時間は減らされたが、レオノアはカイルから定期的に薬草を融通してもらっているので、素直に従っている。相変わらず、単純だった。
「今度の休暇はどこに行く?」
「そうねぇ……。植物園で希少な食虫植物の展示が行われるそうなのだけど」
「そのあと、カフェでもどうだ?義姉さんからおすすめのところを聞いている」
昼食を食べながら、そんな話をしている二人の前にひょっこりと顔を覗かせる猫のような物がいた。額に宝石のようなものが埋まっていて、赤い色が美しい。白い毛並みは美しく、愛らしい声で鳴くと、レオノアが嬉しそうに笑った。
「あら、ルビーちゃんじゃないの」
「……こいつ」
甘えるようにレオノアの手のひらに頭を押し付け、ゴロゴロと喉を鳴らす。
チラリとサミュエルを見たルビーの目は愉悦が滲んでいた。
「本当に可愛いわねぇ。このカーバンクルちゃん」
「いや、ムカつくだろ」
カーバンクルと呼ばれる魔物をジト目で見ながらサミュエルはそう答えた。ルビーがメスだからまだ許せているが、オスだったら許していなかったかもしれない。サミュエルはそう考えるくらい、レオノアに対することでは心が狭かった。
「おやつ食べる?」
「みゃーお」
「かわい子ぶりやがって……」
普段のわがままお嬢様っぷりが鳴りを潜め、ただただ愛らしい猫のように振る舞うルビーを見て、サミュエルは複雑そうな顔をした。カロリーナなど、触ろうとしただけで引っかかれそうになっている。
カーバンクルは額についた宝石が高値で売れることや、その愛らしさによる乱獲から、場所によっては保護対象とされる魔物だ。人に懐くことはあまりなく、レオノアにこれだけ懐いている姿はルビーを知る全員が驚くくらいだった。
「それにしても、どうしてここにいる?」
サミュエルの問に答えるように、ジッと目線を合わせるルビー。しばらく見つめ合うと、サミュエルが溜息を吐いた。
「ウチにガルシア伯爵が訪ねてきたようだ」
「こんなに可愛い子と意思を通わせることができるの、本当に羨ましいわ」
レオノアの言葉に、「そこじゃないだろう」と突っ込むと、サミュエルはルビーに小さな魔石を投げた。それを飲み込むと、ルビーはサミュエルの腕の中に大人しく入り、嬉しそうに咀嚼する。
「でも、なぜかしら。今更、殺したくでもなった?」
「ガルシア伯爵は君を引き取って養育したいと考えているんじゃないか?たった一人の『赤』だ。君が戻れば、ガルシア領を去った多くの錬金術師が帰ってくるだろう」
「興味がないことね」
肝心な時に見捨てられたのだから、レオノアにとっては本当に「今更」なことであり、カイルに認められて十分に生活ができている。少ししたら国家錬金術師の資格試験も受けるつもりだし、おそらくそれも取れるだろう。
もう、伯爵家の庇護など必要がないのだ。
「サミュエルの伝手で、下心もあったとはいえ助けてさしあげたのだし、放ってほしいものだけれど」
「一応、君の伯父は追い出したことにかかわりはなかったようだけど」
「息子があれなのだもの。あまりかかわりたくないわ」
「それもそうだ」
しかしながら、自分の思うようにいかないのが人生というものである。
亡き妹の忘れ形見が生きていると信じて探すヴァーノン・ガルシアの執念を見誤っていた、というのもあるかもしれない。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
・ルビー
サミュエルが飼っている額に赤い宝石のついたカーバンクル。猫っぽい。
昔、雨の中、弱っていたところをサミュエルが保護し、そのまま懐いてお迎えされた。
わがままおひめさま系にゃんこ様だが、なぜかレオノアのことは気に入っているらしく媚びっこび。
とても かわいい。
姿を消せる魔法が使えるので、極稀に脱走して追いかけてくる。