36.それは呪いか祝福か
「ダメね。方向性を変えた方がいいかしら」
報告書を見ながら、レオノアはそう言ってリリスの花と魔石を掛け合わせたブレスレットを指で弾いた。淡いピンク色の石が可愛らしいそれは、あまり効果がなかったらしく、実験段階では今までのどの魔導具よりも魅了耐性を上げることができたはずなのにと唇を尖らせる。
「方向性……魅了特化の魔道具作りをやめるということか?」
「ええ。全部、実験段階では高い効果を発揮したのに、いざ影に持たせて接触を試みようとするとほとんど効果がない。しかも、より特化させた今回の魔道具が一番実践で役に立っていないの」
それゆえに、レオノアは方向性を変えるべきだと判断したのだ。サミュエルはレオノアから手渡された報告書を見ながら、眉間に皺を寄せる。
あまりにも異常な、恐怖すら感じるようなレポートにゾッとした。
「彼女の魅了を防ぐのなら、特化型よりも抗精神魔法の方がまだ有効だったみたいだな」
「ええ。……これは、本当にただの『魅了』なのかしら」
考え込むレオノアであったが、やがて深い溜息を吐いた。
「まぁ、どうにかしないといけないのは変わらないわ」
唯一、わかっていることはマリア・ハーバーに心を動かされるにあたって、彼女の魔力に中てられていることだ。毒のように、心を蝕む魅了に似た何か。不気味であることは確かであり、この対応が正解かどうかはわからない。
しかし、抗精神魔法という少し大きめの枠組みで効果を得られたことを考えれば、方向性自体が間違いだとはいえないだろう。
「相手から与えられる魔力を断つ、という方向性で行くのが良いとは思うの。治癒などに影響が出る可能性はあるわ。治療の時に外せばいいだけの話でもあるのだけれど」
目立たない場所に装着するものではあるので、少し手間取る可能性があるのはデメリットかもしれない。
レオノアは「試してみないことにはわからないものね」と今まで使っていたものとは違う本を取り出す。
「そうなると、必要な材料も変わるのか」
「変わるけれど、比較的安価で手に入りやすいもので試すことができると思うわ」
「特化型でなくなるだけでそうなるのか」
サミュエルが新しいメモを見ながら「確かに手に入りやすい材料になったな」と苦笑した。
「これならば、うちでも早々に用意できると思う」
「ありがとう。……はぁ、それにしても呪いみたいね」
「呪い?」
レオノアの言葉をサミュエルは繰り返す。
「だって、どう考えても自分の意思に関係なく他の人や……国もかしら。それに対して、災厄と不幸を振りまいているじゃない。これが呪いでなかったら何なのかしら」
「……確かにな。ただ、本人が望んでいるとすれば、それは祝福とも言えるんじゃないか?」
サミュエルの意見にレオノアは眉を顰めた。
女神に愛された少女。それに似た容姿のマリア。愛されたが故に、狂った。
そんな物語を思い出す。
「女神の、祝福……?」
レオノアはそんなことがあるだろうか、と思う。そのくらいの力であると同時に、愛されることで狂うなんて、『祝福』といえるのだろうか。
――それは、『愛』と呼べるものなのだろうか。
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