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短編集

私の好きな人は異母妹が好き。だと思っていました。

作者:

 


 春の陽光が注ぐ空の下で長椅子に座り、一輪の薔薇から花弁を一枚一枚取っては「する、しない」を繰り返して呟く女性がいた。「しない」と呟くと最後の花弁が落ちた。毛先にかけて青くなるピンク色の髪を後ろに流し、茎を膝に置いて落ち込むアマビリスは何度目かになるか数えていない溜め息を吐いた。



「諦めるしかないか」



 しょんぼりとする空色の瞳にも諦めしか映っていない。



 ――アマビリスには好きな人がいる。片思いを始めて十年は経過しているが一度も気持ちを伝えられていない上、一生片思いで終わりそうとなっている。



「よしっ」



 両手で頬を叩き、己に喝を入れたアマビリスは長椅子から立ち上がると邸内に戻り、急ぎ足で玄関ホールへと行く。横を通り過ぎる使用人達から怪訝な視線を貰うも気にしてはいられない。



「あ! お姉様」



 急ぐアマビリスを呼び止めたのは異母妹のリンダ。ふんわりとした薄い金色の頭には空色のリボンが結ばれており、紫色の瞳が何処へ行くの? と不思議がっていた。リンダのすぐ後ろには――アマビリスが片思いしている相手がいた。


 ――やっぱりお似合いね……


 心がずきずきと痛むが此処から去ってしまえばそんな痛みとも、もうおさらばだ。



「ついさっきアルマン様がいらっしゃいましたのでお茶をしようとお姉様を誘いに探しておりました」

「ありがとうリンダ。けど、ごめんなさい。急用が出来てしまったから私は不参加でお願い」

「え? 何方へ?」



 不思議がるリンダの後ろにいるアルマンからの視線は、どんな時でもアマビリスを責める。青みがかった銀色の髪と同じ色の瞳は氷のように冷たく、何時だってアマビリスを温かく映してくれない。愛する女性――リンダを煩わせるから、だろうか。



「ちょっとね。夕刻には戻るから」

「え、でも、アルマン様は……」

「第二皇子殿下のおもてなし、頼んだわよリンダ。殿下、申し訳ありませんが私は忙しいのでこれで失礼します」



 アルマンはこの国の第二皇子。華麗に礼を見せ、呼び止めるリンダの声に応えず外に出た。アマビリスの母は、アマビリスが六歳の時に病で亡くなった。喪が明けるとすぐに父は別邸で囲っていた愛人と娘を本邸に迎え入れ籍を入れた。元々両親は政略結婚でお互いを愛してはおらずとも良き夫婦であろうとはしていた。娘のアマビリスに対しても親としての情は持っていた。棺の前で静かに涙を流し、頭を下げていた父の姿を見て多少なりとも母に情があるのだとその時に知る。喪が明けぬ内に愛人と娘を連れて来るより幾分かマシかと己を納得させ、新しい家族だと紹介された時は淡々と挨拶をした。


 新しく母となったエリアナは平民であるが裕福な家の娘だったらしく、貴族世界のマナーを最低限解していた。妹になると紹介されたリンダとは二歳差。天真爛漫で明るいリンダと継母と父を見ているとお似合いの家族だと見てしまい、そこに自分の居場所はないと悟った。衝突せず、ぎこちないながらも何とか家族という枠から外れない程度で生活を送る事二年。八歳になると皇后陛下主催のお茶会にアマビリスは招待された。両親共に伯爵家以上の子供が条件の為、平民の母を持つリンダは参加不可だった。

 リンダは綺麗なドレスを着て皇族に会えるアマビリスを羨ましがっていたが継母に注意を受けると不満を言わなくなり、見る者を穏やかにさせる笑顔でアマビリスを見送ってくれた。アマビリスがリンダを嫌いになれない理由の一つがリンダの笑顔。幸いにもリンダは姉としてアマビリスを慕っており、勉強は苦手で淑女教育も苦手としているが努力家で何度も泣いている姿を見るが一度も諦めた姿を見ていない。家庭教師と習った部分で分からない箇所があるとアマビリスに時間を確認してから質問に来る。継母の教育が行き届ているお陰でもある。父とは再婚以来最低限にしか言葉を交わしていない。父なりにアマビリスを思っているのだろうがリンダに比べると雲泥の差がある。それが寂しいとは思っていない、と言ったら嘘になるが心を蝕む程ではない。




「アマビリス」



 外に出て正門を抜けたら転移魔法であっという間に目的地へ行きたかったのに、追い掛けて来たアルマンに腕を掴まれ止まるしかなかった。姿だけではなく声も冷たい。リンダにはきっとこんな声聞かせてはいない。


 仕方なく立ち止まり、振り向いたアマビリスは冷気を纏った瞳で見下ろされ泣きそうになりながらも強気な態度を保ち続けた。



「何処へ急ぐ」

「殿下には関係御座いません。手を離してください」

「今日はお前に大事な話があって来た。話が終わってから行けばいい」

「なら、此処で話してください。屋敷に戻って聞くより、此処で聞いた方が時間の節約にもなります」

「……」



 冷たい相貌に鋭さと微かな苛立ちが増した。もっとリンダのように可愛らしい言葉を使えないのかと自分が嫌になる。


 初めて出会った時、挨拶をする番になりアルマンの目の前に立つと言われた。


『ピンク頭だと花と勘違いした虫に好かれるみたいだな。お前の頭に虫がとまっているぞ』


 声を抑える訳でもなく、遠回しに言うでもなく、まだ挨拶を控えている令嬢は多くいたのにアルマンの最初の開口はそれだった。実際にアマビリスの頭には虫が乗っていたが蝶々であった。蝶々なら大体の令嬢なら騒がず、気持ち悪がらず、見ていられる虫だがくすくすと馬鹿にされた挙句、わざとらしく悲鳴をあげアマビリスから逃げる令嬢もいた。


 皇后が青い顔をしてアルマンを叱る姿を目にしながら、少し顔を青くしているアルマンにこう告げた。



『虫に好かれる令嬢等男性である殿下もお嫌でしょう。失礼します』

『あ……』



 更に顔を青褪めるアルマンと絶対に仲良くなってたまるかと蝶々を頭からそっと離し、空へ飛ばしたアマビリスはさっさと自分の席に座った。お茶会が終わるまでずっと座ったままでいた。後から皇后が飛んできて謝られるが表面上だけ受け入れたふりをした。

 その一週間後、何故かアルマンがアマビリスを訪ねに来た。庭で席を設け、話を聞くとお茶会での発言を謝らせてほしいというものだった。無表情で感情が一切籠っていない言葉で一切気にしていないと発したら、表情を強張らせ俯かれてしまった。


 確かその時は、まだまだ淑女教育から逃げていたリンダがやって来て、丁度良いとばかりにアマビリスは異母妹だとアルマンに紹介した。


 二人の出会いはある意味ではアマビリスのお陰。



「……今日は私とアマビリスの婚約が正式に決まったと伝えに来たんだ」

「え……」

「どうしても、私の口から言いたいと公爵や父には黙っていてもらった」



 アルマンと自分が婚約? リンダを愛しているのに? リンダだってアルマンをとても慕っている。



「……すか」

「アマビリス?」

「どうして私が殿下と婚約しなければならないのですか!」

「っ」


 私の馬鹿! と内心絶叫したアマビリスだが後には引けない。

 どう聞いても婚約が嫌だと言わんばかりの言葉にショックを隠せないアルマン。胸の痛みが増す。とても、痛い。



「私ではなくてもリンダがいるではありませんか。リンダが無理でも殿下の婿入りに相応しい貴族家はまだあります。なのに、何故私なんですか!」

「っ……アマビリスは、私との婚約がそんなに嫌か……?」



 傷付き、泣きそうな表情に違う意味で胸が抉られる。嫌な訳がない。

 最初は嫌いだった。初対面の時の指摘のせいで。だが、何度も詫びに来るアルマンに次第に心を許し、正式に謝罪を受け入れた頃には既に好きになっていた。あのお茶会で婚約者か候補を決めるものだと思っていたのに、成人を迎えてもまだアルマンに婚約者はいなかった。それを言うならアマビリスも同じ。婿養子を取ると父は何度か話しており、婚約させるのはどちらにするか検討中だとか。

 まさか、自分がアルマンの婚約者に選ばれるとは考えもしなかった。



「答えてくれっ、アマビリス」



 答えるまで掴んでいる腕を離してはくれないようで何も言いたくないアマビリスの瞳にリンダが此方に来ている姿を認識した。慌てて此方に到着する前にアルマンから逃げ出したい。



「アマビリスっ」

「私に殿下は勿体のう御座います!」

「そんな話を聞いているんじゃない!」

「会う度に睨んでくる殿下と婚約なんてしたら、私はずっと、一生、殿下に睨まれて生きていく羽目になるんです! そんなの絶対嫌です!」

「っ!!」



 ぶんっ、と腕を振り払うと今度はあっさりと離してもらえた。呆然とするアルマンは「ち、ちがっ」「それ、は」と言葉にならない声を続ける。リンダ到着までもう少し。今がチャンスだとアマビリスは走り出し、正門を出て転移魔法を使った。消える間際、門番が叫んでいたが気にしない。




 ――アマビリスが転移したのは魔法士が所属する魔法省長官の執務室。突然現れたアマビリスに驚いている魔法士と違い「いらっしゃ~い」と発し、手招きをする美女。ピンクがかった長い銀髪に青水晶の瞳を持つ美女は、大きな胸を主張するかの如く開いたドレスを着ており、椅子に座り机に隠れて見えないが脚も大胆に見せる仕様だ。



「うん。報告書に問題はない。下がっていいぞ」

「は、はい!」



 声を掛けられた魔法士は頭を下げると執務室を出て行った。魔法士がいなくなった途端、堪えていた涙が溢れ出し、此方を向いた美女に飛び込んだアマビリスはぎゅうぎゅう抱き付いた。



「う、うううっ、わ、私もう無理ですっ」

「はいはいど~したの」

「アレクシア様ああぁ、実は……」



 アレクシア=ルーナランド。帝国魔法省長官の美女。……の筈。長く長官を務めるのだがアレクシアは男性の姿にも女性の姿にもなれる。すっかりと元の性別を忘れたらしく、気分で美男美女になる。今は美女の気分らしい。年齢も不詳で噂によると前皇帝が皇太子の時から既に長官の地位にいたとかいないとか。


 昔、領地に行った際、父や継母とリンダの三人が出掛け一人屋敷に残ったアマビリスは、屋敷の近くで倒れていたアレクシアを発見した。聞けば勅命を終わらせた後、食事を摂るのを忘れてしまい空腹で倒れていたそうな。魔法省長官のバッジを見せられるとアマビリスは屋敷に走り、料理人に事情を説明し、すぐに用意出来る食べ物をバスケットに入れてもらい倒れているアレクシアの許へ走った。パンと干し肉、水筒に入れた冷たいスープと果物を渡すとアレクシアは全て平らげた。この時は美貌の男性の姿をしており、見た事のない綺麗な男性に顔を赤くしつつ、礼を言われた後名前を聞かれた。正直に家名を名乗った。



『後日、是非礼をさせてほしい。父君に会わせてほしいな』

『お父様は今お義母様や異母妹とお出掛け中なので暫くは戻りません』

『君は一緒に行かなかったの?』

『なんとなく……』



 三人の輪に自分が入る隙間はないといつも思っていた。父達は一緒に行こうと誘ってくれた。断ったのはアマビリス。別荘は亡き母との思い出が沢山詰まった場所。出掛けるより、屋敷にいた方が母との思い出を思い出させ、母が近くにいると感じられる。母の側にいられるから残ると言うと父の顔がかなり強張った気がした。


 三人が戻るまで時間に余裕があるからとアレクシアに魔法省がどんな所で魔法士がどんな働きをしているかという話を聞いた。

 密かに魔法士に憧れを持ったのはその時からだ。



「どうしたのそんなに泣いて。あ! もしかして皇子を振った?」



 ある意味当たっている指摘に更に涙が溢れた。何とか涙を止め、中央に置かれているソファーに座らされると事情を話した。



「なるほどねえ」

「わ、私、アルマン様と婚約が決まったって聞かされた時、ほんとは嬉しかったんですっ。で、でもアルマン様はリンダが好きなのに、私は嫌われてるのになんでって気持ちが勝って……」

「で? アマビリスはどうする? 前に私が提案した件を受ける?」



 領地で会ったのをきっかけに、何かと気遣ってくれるアレクシアに心を開くのに時間は掛からず、何時でもおいでと魔法省長官の執務室に転移する魔法式を刻まれ好きな時に来られるようにしてくれた。お陰でこうして悲しい事や落ち込む事があるとアレクシアに会いに来ている。


 アレクシアの提案とは、生家を出てアレクシアの下で魔法士として働かないかというもの。魔法省はその名の通り、魔法士を纏める機関。幸いにもアマビリスは優秀な魔法士の才があり、幾つか試験は受けないとならないがアレクシアのお墨付きなら問題なく突破可能だ。

 アマビリスが魔法省勤めになれば、自動的に後継者はリンダとなり、婿を取るのもリンダとなる。



「まあ、受けると滅多に実家に帰れなくなって皇子とも会えなくなるけど」

「もう、それで良いですっ、どうせ、私は殿下に嫌われているんです。殿下だって本心じゃ私なんかと婚約したくなかった筈ですっ」

「好きなだけ泣いたらいい」



 豊満な胸に顔を押し付けられても息をする余裕は残してくれた。気が済むまで泣いたアマビリスは、その後泣き疲れて眠ってしまった。



 次に目を覚ますと空は微かに朱色を帯びていた。夕刻近くまで寝てしまったと慌てて起きると「起きたあ~?」とのんびりな声が飛んで来た。

 アマビリスが寝ていたのはアレクシアの執務室にあるソファーの上。もこもこなブランケットが掛けられており、そっと退かしてソファーから降りるとアレクシアに頭を下げた。



「申し訳ありませんっ、寝てしまったみたいで」

「いいのよ。お陰で面白かったから~」

「へ?」

「ふふ、アマビリスが寝ている最中に城に行ったの。丁度陛下と公爵が一緒のところに会ったから、アマビリスを私の部下に貰うからって言ったら大層慌てちゃってね~」

「アルマン様との婚約が決まっていたからでは」

「それもあるけど……ふふ」



 先が気になるのに、含みのある笑いを零すだけでアレクシアは教えてくれない。気になると言っても「内緒」と唇に人差し指を当て片目を閉じられると何も言えない。些細な仕草でも綺麗なのは狡い。



「今日は魔法省に泊めるからって公爵に言ってあるから、遠慮なくいなさい」

「ありがとうございます。明日、屋敷に戻ったら私からもお父様に話をします。我が家に婿入りするなら、私でなくてもリンダでも十分です」



 何より、あの二人はお互いを想い合っている。以前、恋愛についてリンダと話している時に訊ねてみた。アルマンをどう想っているかを。真っ白な頬を赤らめ、素敵な人だと恥ずかし気に語ったリンダを見て確信した。リンダもアルマンを想っているならもう自分に勝ち目はないと。何度も告白をしようと考え、その度に花占いをしたがどれも告白しないで終わった。したところで玉砕して終わる。


 片思いを終わらせるなら、玉砕して終わった方がまだ良かったかもしれない。


 アマビリス用に客室を用意したから案内するとアレクシアが立ち上がった時。突然扉が乱暴に叩かれた。何事かと驚いて跳ねたアマビリスにケラケラ笑いつつ、左人差し指をくいっと曲げたアレクシア。扉は誰も触れていないのに勝手に開いた。外から扉を叩いていた相手もいきなり開くとは思っていなかったらしく、勢いよく振り上げた拳を受け止める物がないから前方向に倒れてしまった。



「ア……第二皇子殿下?」



 青みがかった銀糸は皇族の証とも言える。体を起こしたアルマンに必死な形相で見上げられ、何が何だか分からないアマビリスは困惑するばかり。



「アマビリスっ、どうか考え直してくれないか」

「一体何の」

「アマビリスが魔法省入省の試験をアレクシア長官の推薦で受けると聞いた。魔法士の仕事は激務で試験に合格したら、一年の殆どを魔法省の寮で過ごす決まりとなっている。そうなったらアマビリスに会えなくなる……考え直してほしいんだ」



 この通りだと、跪く形で頭を下げたアルマンに増々混乱してしまう。既に父や皇帝の耳に入っているのなら、アルマンが情報を入手した先は恐らく皇帝。頭の中は何故の二文字しか浮かばない。


 どうすればいいか分からなくてアレクシアへ振り向くと肩を竦められ、好きなだけ話し合えばいいと部屋を出て行った。今この時は置いて行かないで、と言いたかった。



「で、殿下、どうか頭を上げてください。皇族が簡単に頭を下げてはなりませんっ」

「アマビリスが考え直してくれるなら」

「だ、大体、私が魔法省の試験を受ける事と殿下に何の関係があると言うのですか!」

「私との婚約が決まったと言った」

「だから何ですか、一生私を嫌っている殿下に睨まれ続けろという事ですか!? 嫌に決まってるではありませんか!」

「な、ち、ちが、嫌ってなんか」



 否定しだすアルマンに溜まりに溜まっていた不満が一気に爆発したアマビリスは、どうせ魔法省に入ったら会う事もなくなるからと言いたい言葉を出していった。



「私と目が合ったらいつも睨んでばかりいて他の方には親切にするのにいつも私だけ! 挙句、リンダと親し気にしておきながら私を婚約者に? 私の亡くなった母が侯爵家の娘だからですか? 好きでも平民の母を持つリンダの婿にはなりたくないそういう事ですか!?」

「違う! 待ってアマビリス、私の話を聞いて。アマビリスを嫌ってなんかない、そ、その、アマビリスを睨んでいたつもりもない。本当だ! なんなら、この場にアレクシア長官を置いて真偽の目で見て貰って構わない!」



 その名の通り、真実と偽りの魔法式を目に刻むことで相手の真偽を見抜く魔法。人体の一部に魔法式を刻み行使する術は難易度が高く、失敗すれば後遺症に繋がる。何の心配もなく平然と使えるのはアレクシアくらいなもの。

 睨んでいるつもりはないと叫ぶアルマンであるが、今この時も怖いくらいアマビリスを睨んでいる。何を必死になっているか不明だが言っていることと実際の顔が一致していない。

 が、よくよく見ると顔が赤い。薄らと耳も赤い気がする。必死になり過ぎて顔に血が集まり過ぎているのではと変に心配になる。顔や耳について指摘するとアルマンは気まずげに目を逸らし、片手で目から下を覆った。



「体の具合が悪いなら医者を呼びますか……?」

「ち……違う、これは具合が悪いとかじゃなくて、気が緩んで」

「気が緩む?」

「……アマビリスを、その、睨んでいたつもりは全然なくて。ただ、気が緩むとこうなるから常に気を張っていたんだ」

「……」



 何に?


 頭から大量の疑問符を飛ばしていると少し赤みがマシになり、顔から手を退けたアルマンの瞳がアマビリスに向けられた。今更になってアルマンがずっと跪いている事実に気付いたアマビリスは、慌てて立つようお願いした。このままでいいと譲らないアルマンに、ならソファーに座りましょうと向かい合って腰を下ろした。この方がお互い話しやすいからと。

 若干視線を逸らされながらアルマンが語ったのは、アマビリスを嫌っていないこと、睨んでいるつもりは一切なく気を張って顔に力が入っていて気付いていなかったと告げられた。アマビリスが気になるのはそこ、地位としてアルマンが上なのに気を張る必要はあるのかという点。



「あ、ある! ……アマビリスに不細工な様を見られたく、なかったから」

「……?」



 不細工?


 絶世の美姫と名高い皇后の血が濃く現れているのがアルマン。皇太子は皇帝似で大柄で筋肉質なワイルドな男性だ。アルマンを不細工と言えるのは、絶世を超えた美しさを持つ人くらい。一人、思い当たる人がいるものの、今は関係ないかと頭から消した。



「女の子は、格好良くてクールな男が好きなのだと兄上や父上に言われてきた。アマビリスが好きだと気付いた時にその言葉を思い出してずっと情けない顔を見せないようにと気を張り続けた」

「え……え? で、殿下が私を……?」



 今までそんな素振りは一切なかった。


 お茶会での事はアルマンが屋敷を訪れ、謝罪をアマビリスが受け入れ終わった。こういう経緯があった為か、月に一度は屋敷を訪れるアルマンと会った。自分と話す時よりリンダと話す方がアルマンもリラックスして、表情も柔らかく自然体でいたからリンダが好きなのだとずっと思っていた。



「リンダが好きではないのですか? リンダだって殿下を……」

「リンダが私を? いや、ないよ。リンダはレオポルド伯爵令息に片思いしていると以前話していた」

「レオポルド伯爵令息?」



 帝国騎士団の団長を務めるレオポルド伯爵の長男。皇帝陛下や皇太子殿下より筋肉隆々の大男で将来の騎士団長と注目されている。そういえば、いつかの夜会で酔った令息数人に絡まれているリンダを助けてくれた。きっとその時からリンダは令息に片思いをしていたのだろう。



「リンダはよくアマビリスの話を聞かせてくれたんだ」



 お姉様がお姉様が、と語るリンダの好意に溢れた声と瞳は、アマビリスに片思いしているアルマンに知らないアマビリスを教えてくれる。アマビリスの事を知れる度、嬉しくなってしまい笑みを見せていた。


 それがアマビリスには、二人が仲睦まじくしていると見えた。多分、誰が見ても仲睦まじく見える。

 まだ目が合わないものの、アルマンは決してアマビリスを嫌っていない事とリンダについても異性に対する愛はないと話した。


 聞き終えたアマビリスは呆然とした声で「ずっと……殿下に嫌われているものと思ってました……」と零した。顔に力が入る程眼光は鋭くなり、自分がどれだけ嫌われているか知って悲しかったと。



「すまない……」



 首が落ちないかと心配になる程項垂れるアルマン。



「殿下に告白して玉砕するくらいなら、何も言わないまま、アレクシア様の下で働いてお父様達と会わない方が私自身の幸せの為だと思いました。お父様と私の亡くなったお母様は元々政略結婚で、お母様が亡くなると私への興味を無くしたようですから」

「そう……だろうか」

「殿下には違うように見えますか?」

「分からない。ただ……アマビリスに興味が無かったら、アレクシア長官が部下にすると言った時取り乱したりはしない筈だ」

「取り乱す?」



 あの父が? と首を傾げると「……アマビリス」と控え目な声に呼ばれ振り向いた。ら、今話の話題になっている父が項垂れた様子で立っていた。何時からいたのかとアルマンと共に驚いていると割と最初の方からいたらしい。

 とぼとぼとした足取りで入った父はアマビリスに謝った。目を何度も開閉させるアマビリスだが、父の言葉を待った。



「エレファは君を出産した時に無理をし過ぎたせいで、次の子が望めなくなったんだ。私はアマビリス一人で良いと言っても、最低二人の子を儲けるのが暗黙の了解だ。周りの喧しい声に私もエレファも辟易して、それでエレファが信頼出来る女性をと紹介したのがエリアナだったんだ」



 裕福な平民出身のエリアナだが一度離婚歴があり、戸籍に傷がついたエリアナを持て余していた両親が父の愛人になるという話に飛び付き、身売り同然にエリアナを売り飛ばした。多額の金と引き換えに二度とエリアナに関わるなという契約書を書かせて以降、本当に接触してきていない。

 慈善活動の一環で子供達に文字の読み書きを教える場でエリアナと出会い、身分を気にせず接してくれるエレファにエリアナも警戒心を解き、年齢が一緒なのもあり二人は友人となった。



「私の愛人にエリアナがなるのなら安心だとエレファが勧めたんだ。エリアナからは反対されたが最後には納得してもらった」



 別邸にエリアナを住まわせ、子が出来やすい日を計算してエリアナの許に通い続け、運良くリンダを身籠った。二人が日陰者として生きる事に強い後悔を持っても、もしもアマビリスに何かあれば後継の心配はなくなる。周りも漸く煩い声を抑えてくれた。



「エレファが亡くなってしまったのは私もエリアナも考えていなかった。エレファは自分の死期を悟っていたんだろう。自分が死んだら、エリアナとリンダを迎え入れてほしいと頼まれた。アマビリスには私から事情を話すからと言って」

「……ごめんなさい、聞いていないです」

「あ、ああ……。なんとなくは感じていた」



 愛人や二歳差の異母妹がいる理由を話す前にエレファの容態が悪化し、事実をアマビリスに話す前に亡くなってしまった。領地で問題が発生した影響で父の帰宅も毎日遅くなり、確認を怠ったのもアマビリスが知らないままの原因となった。



「アマビリスが私やエリアナ達に遠慮してしまって、どうすればいいか分からなくなったんだ。エレファから聞かされてもアマビリスにとったら、理由があっても私はお前やエレファを裏切ったと思われているのだろうと。そう思うと……」

「お母様に聞いていたら……それが貴族なのだと納得はしていたと思います……。ただ、エリアナ様がお母様の話をする時慕っているように見えた理由がやっと分かって嬉しいです」

「そうか……」



 ところで、とアマビリスは父に何故此処にいるのかと訊くとアレクシアの名を出された。



「私が陛下とアマビリスやアルマン殿下の婚約式について打ち合わせをしている時にアレクシア長官が来られたんだ。いきなり、アマビリスを私の部下に貰うからと言われて陛下と共に呆然としたよ」



 二人に接点があると知っていても、部下にするほどと願う程親しかったかと頭を悩ませた。我に返った父はアルマンとの婚約が正式に決まり、後はアマビリスにアルマンが伝える段階に来たのだと話すと知っていると返された。事情を聞かされると皇帝と揃って大いに慌てた。



「てっきり、アマビリスはアルマン殿下が好きなんだとばかり思っていたんだ。殿下もアマビリスを好いてくれていると陛下から聞いていたから、殿下とアマビリスを婚約させようと話していたんだ」



 そこにアレクシアの部下として貰う発言と理由を聞いて驚き、また、執務室に泣き疲れたアマビリスがいるから起きたら連絡を入れるというアレクシアの言葉に二度驚いた。こうしてやって来たのはアマビリスが目を覚ましたとアレクシアに知らされたから。先にアルマンが来ていると知り、扉が開いたままなのと入り難いのもあり話を聞いていたと。


 すっかりとアマビリスに勘違いさせてすまなかったとアルマン同様首が落ちないかと心配になるくらい項垂れた父。


 何も知らなかった、知ろうとしなかった自分も悪いとアマビリスも二人に頭を下げた。



「アマビリス、顔を上げて」

「殿下」

「このままでは、部屋にいる全員が頭を下げた状態になる」



 そう言われては上げるしかない。顔を上げるとやっとアルマンの青みがかった銀の瞳と合った。また、あの怖い顔になるが幾分か和らぐ。その代わり薄らと頬が赤くなる。



「……こんな情けない顔を晒さない努力はしたんだが……勉強や魔法と違って全く成果はなかったよ」

「殿下は……本当に私で良いのですか? 今までの私は、お世辞にも殿下に対して可愛いと思ってもらえる要素が何一つありませんでした」



 ずっと嫌われていると、リンダが好きなのだとばかり思っていたから、少しでも自分という存在を残してほしくて強気な態度を崩さず可愛げのない態度を取り続けた。アルマンは首を振り、そんな事はないと否定した。



「私のせいでアマビリスにそんな態度を取らせてしまっていたんだ。アマビリスのせいじゃない」

「殿下に婚約が決まったと言われた時、本当は嬉しかったんです。殿下と交流を重ねている内にいつの間にか好きになって……でも……殿下はリンダが好きなんだと思うと……」

「リンダからアマビリスの話を聞くのが楽しくて……誤解させて済まなかった」



 アマビリスは強く首を振った。



「聞けば、良かったんです。殿下がリンダをどう思っているかを。好きだと言われたら失恋してリンダを嫌いになる自分が出来るのだと考えたら、怖くなって何も聞けませんでした」



 お姉様、お姉様と慕って雛鳥のようについて回るリンダをアマビリスは妹として愛している。アルマンに失恋するのは勿論、リンダを憎む自分が出来上がると恐れ何もしなかったアマビリスにも原因はある。



「アマビリス」



 ソファーから立ち上がり、アマビリスの下に跪いたアルマン。また、気を張っているせいか瞳が鋭い。

 長年の癖は簡単には消えない。アルマンの気持ちを知った後だと、今のアルマンにはこれが精一杯なんだとアマビリスを理解させる。



「私の婚約者に、どうかなってほしい」



 真摯な瞳と声で訴えるアルマンにアマビリスが出す言葉は決まっていた。



「謹んでお受け致します。ア……アルマン様」

 初めて本人の前で名前を呼べた。アレクシアの前ではアルマン様呼びが出来ても、本人を前にすると殿下以外呼べなかった。アマビリスは顔を真っ赤にしてしまうも、それ以上にアマビリスに初めて名前を呼ばれたアルマンも顔を赤くした。





読んでいただきありがとうございます。

↓最後オマケ。



 ――初々しい二人を見つめる公爵は心底安堵し、こっそりと聞き耳を立て様子を窺っているアレクシアをギラリと睨み付けた。


 “絶対にアマビリスは部下にやりません!”と語っている。


 アレクシアは。

 “二人の関係が改善されて良かったじゃないかトーマス君。今年の魔法省の予算、去年の三倍貰うからよろしく”と口パクで言われ、最初からそれが目的だっただろうと大声を上げたいのを父は我慢したのであった。






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