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「ソフィアお嬢様はお体が本当に弱いのです。」
アリスは俺の前で両手を組んで握り締め、震えながら話し始めた。
「私がお嬢様のお側にお仕えする様になりましたのは、お嬢様がまだお小さい頃でございました。お嬢様はすぐにお熱が出たり、ふらふらと倒れてしまわれたり…ベッドでお休みになる事が多くて、外にもあまり出られずお可哀想でした。」
病院と屋敷の自室を行ったり来たりする生活で、本を読む事だけが楽しみ…というような毎日をずっと送っていたという。
今でも体調を崩すとなかなか元に戻らず、入院は長期になる事も多い。ソフィアの両親は、そんなソフィアをとても大切にしているのだとアリスは話した。
「毎日、お嬢様のお話し相手になってくださるのです。入院している間も、毎日の様に面会に行ってくださる…。ソフィアお嬢様もご両親の事が大好きなのだとよく仰っています。」
そんな日々の会話の中でソフィアの母は俺の事をよく話していたという。ソフィアの母は俺に会った事があるようで、俺の事を、とても笑顔の素敵な方なのよ、とソフィアに言っていた。
「わたくしもセオドラ王太子殿下にお目にかかれる事が出来るでしょうか？」
そう訊ねるソフィアに母親はこう答えていたという。
「いつかセオドラ様にお会い出来るように、元気になりましょうね。」
そういう話を何回も繰り返したソフィアは、俺の姿絵をアリスに買ってきてもらい、毎日眺めていた。ソフィアの中で俺はピカピカに輝く王太子で、一目でいいからお会いしたい方…だった。
国王陛下からフローラへ俺との結婚の打診があった時、フローラは想い合った相手がいるとすぐ断った。それを知ったソフィアはアリスに、フローラお姉様の代わりに一回だけお会いしたいから手を貸して欲しい、と頼んだ。
そんなの無理だと知っているアリスだったが、ソフィアのあまりにも真剣な顔に負けてしまった。そして、アリスは国王陛下への返書をどうにか偽造した。偽造した返書を見てソフィアは嬉しそうにしていたと言う。
こんな子供騙しの偽造はすぐにバレて終わりだろうとアリスは考えていたのだが、意外にも返書は国王陛下の手に渡ったらしく、何故かソフィアの手元に面会の日時を記した手紙が来てしまった。
「こうしてソフィアお嬢様は、憧れの王太子殿下に会えることになってしまったのでございます。」
アリスは俯いて、涙ぐんだ。
一回だけならどうにかなりそうだ、とその時アリスは思ったと言う。アリスは不自由な毎日を送るソフィアお嬢様のために、できる限りのことをして差し上げたかったのだ、とも話した。
でも、王太子殿下に会う前に、ソフィアは体調を崩して入院してしまった。今更、会いに行くのは諦めろ…と言ってもソフィアは聞かないだろう。だったら、この一回の約束を無事に終わらせて差し上げたい。アリスはその一心でソフィアに付き添って病院を抜け出し、城の四阿に行った。
そして、ソフィアは俺と会った。
俺に会ったソフィアは四阿から喜んで帰ってくるだろうと思っていたのに、泣きながら戻ってきてアリスにこう言ったそうだ。
「セオドラ様がお辛そうな顔をしていたの。セオドラ様のお顔を見ていたらわたくしも辛くなってしまって…。
わたくし、セオドラ様の笑顔が見たい！
セオドラ様が '幸せを感じるやりたい事' を見つけるまで一緒に探したい。１つでも見つけられたら、きっとセオドラ様に笑顔が戻るから、それまでは続けたいの…。
だから…。」
「もう、おやめくださいませ。お体に障ります、と何回も申し上げたのですが…。」
一回だけのはずだったのに、数を重ねてしまったと、アリスは泣きながら言った。
ソフィアの体調はあまり良くなく、俺と会った後は疲れて食事も取れずに寝ているだけだった。四阿から帰る時、いつもふわふわしていたのは、体調が悪くて真っ直ぐに歩けない状態だったからだ。
今回は特に体調が悪い。このままでは長くはないだろう、と医者に言われているという。
「まだまだ幼いお子様なので、恋に恋してしまわれたのかもしれません。なにしろ、若い男性に会う機会もほとんどない方でございます。
どうか、セオドラ王太子殿下、ソフィアお嬢様を怒らないでくださいませ。罰なら私が受ける覚悟ができております。」
そう言って、アリスは深々と頭を下げた。
「…待て。
ソフィアは今、幾つなんだ？」
「先月、15歳になられました。」
どうりで '幸せを感じるやりたい事' に食べ物ばかりが出ていたわけだ。俺は、思わず微笑んでしまった。
俺はすくっと立ち上がって、コペル男爵に命じた。
「ソフィアのいる病院に案内せよ。」
着いたのは、王宮にほど近い病院。
陽射しを和らげるために薄いレースのカーテンが引かれた部屋で、ソフィアは眠っていた。
血の気の薄い顔で呼吸も浅く、細い体はますます細くなっているのがブランケットの上からでもわかった。
俺の親衛隊、コペル男爵と護衛、アリスと交代でソフィアに付いていた侍女達…全てを下がらせて、俺は病室にソフィアと2人になった。ソフィアの冷たい手を握り、じっと顔を見ていると、うっすらとソフィアが目を開けた。
「あっ…セオドラ様…？
どうして、こんな所に……？
わたくしの事がバレてしまったのですね。
恥ずかしいです…。わたくし、病院を抜け出して、セオドラ様に会いに行ってました。」
「喋るな。黙ってそのまま、休んでいろ。」
「今日のセオドラ様、制服がよく似合って、とても素敵です。胸がキュンとします。」
「黙ってろ。」
「はい…。でも、お願いがあります。わたくしが眠るまで、手を繋いでいてくださいませ。とても暖かくて…。」
「だから、黙っていろ。そばにいるから。」
しばらくして、ソフィアの呼吸が落ち着き、眠りについたのがわかった。それでも俺はその手を離さず握り続けた。
俺は眠るソフィアの顔を見つめた。
ソフィアはこんな俺のために、自分の命をかけてくれた。俺が幸せを見つけるのを手助けをしてくれようとした。こんな、やさぐれて、飲んだくれている男のために…。
俺は…なんてバカなんだろう。
後ろばかり見て、未来に目を向ける事が出来なかったなんて…。
小さな幸せすら探そうともしなかったなんて…。
病室の中が夕陽に照らされて、赤く染まった。
俺はソフィアの頬をそっと撫で、病室を後にした。
