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ジェイクのリベンジストーリー
パート2です。
ある時、部屋に行くと、カーラは膝を抱えて座っていた。
俺達に向かってくる事もなく、じっと床を見つめて動かなかった。
ジェイクがカーラの前に腕を組んで立つと、カーラはぽつりぽつりと話し出した。
「私は…可愛いドレスを着た事がない。
…赤い髪をきれいに整えてもらった事もない。
…パーティに行った事もない。
花の手入れをしたり、皆と綺麗な刺繍をした事もない。
カーラ様に食べていただきたいと、お菓子を作ってもらった事もない。
兄妹や侍女達と楽しく過ごした記憶もない。
小さな頃から体を鍛える事と、戦って勝つ方法だけを教え込まれた。いつもいつも、戦うことだけだった。
魔力を鍛え、幻術を身につけ、父上の期待に応えたいと思ってきた。苦しくても辛くても、私は頑張ってきた。
父上の期待に応えれば、いつの日にか私も皆から愛されると思っていたのかもしれない。
その結果がこれだ。バカだよな。
狭い空間に閉じ込められ、辱めを受けているのに、誰も助けに来ない。ここにいるとわかっているはずなのに…。
これから私がこの国の王となり、あっという間に弟に殺られるだと?
それが私の人生なのか?
私は何のために生まれてきたんだ?
私は…。」
初めてカーラの眼に涙が浮かんでいた。
「ソフィアが羨ましかった。
可愛くて、可憐で…。白銀の髪を風に靡かせながら四阿にいると、天使が舞い降りてきたようだった。
愛するセオドラに、あんなに愛されて、いつも仲がよくて。2人のケンカだって微笑ましかった。
あんな風になりたかった。
あんな風になりたい。
皆から、いや、誰か1人でいい。私を愛していると言って欲しかった。
でも私には…そんな日々はなかったし、これからも来ない。
私は…普通の人間として暮らしてみたかった。
タマラ国の王女なんかじゃなく…。
………
…無理な願いだな…。」
ふんっ!
ジェイクは鼻で笑った。
「そんなことを言って同情してもらおうなんて…。お前さ、考えが甘いんだよ。
俺がそんな事で心を動かすなどと思うなよ。」
背中にカーラの切なげな視線を感じながら、俺達は部屋を出た。
その次カーラの部屋に行ったとき、カーラのいる部屋は俺達がやっと入れるほどの広さしかなかった。
カーラは俺達に言った。
「私はどうすればいいのだ。教えて欲しい。
もう、何も考えられない。」
ジェイクはカーラの前に立った。
「全てを言えよ。
タマラ国の事。お前の事。
その証拠はどこにある。
幻術の事も話せ。
嘘を言ったら…お前は終わりだ。
わかってるな?」
頷いたカーラは話し出した。
タマラ国とパール国の契約の事。自分の任務の事。
そして、幻術の事。
「私の胸に幻術を掌る魔石が埋め込まれている。それを取り除けば、私はもう幻術を使えない。私の掛けた幻術はその魔石を砕き割れば、解ける。
タマラ城の北塔には王家が隠し持っている魔石がある。探し出せばいいだろう。」
「お前の胸にあった小さな傷は魔石の傷だったのか…。なるほどね。お前は俺が何をしても、その傷がなんの傷かだけは言わなかったわけだ。」
「ジェイク殿の魔力があれば私の胸から魔石を取り出せる。取った魔石は砕いて捨てろ。持っていても碌なことはない。」
「ヒューイット、という男を知っているか?」
「父上に取り入っている小者だろ?父の周りでうろついているはずだ。」
ジェイクはカーラの胸に手を当て、魔石を取り出した。真っ黒なクリスタルは大きく輝いた後に光を失った。ジェイクはそれを粉々にして消し去った。
その直後カーラは意識を失い、倒れ込んだ。
3日後。
カーラの様子を見に行ったジェイクとローリーから、カーラが目覚めたと報告を受けた。
急いでカーラの部屋へと行った俺とルークが見たのは、憑き物が落ちたようなカーラの姿だった。
カーラを前にして、ジェイクは言った。
「お前の道は2つに1つだ。
このまま、楽に消えるか。
魔力も幻術も使えず、苦労して生きていくか。
自分で選べ。」
ジェイク殿…。とカーラは言った。
「聞きたいことがある。
…未来の私は、ジェイク殿と夜を共にした時、ジェイク殿に愛していると言ったことがあっただろうか?」
「…ない。」
「私は幸せな顔をした事があっただろうか?」
「カーラは一度も幸せな顔などしたことがなかった。」
カーラは俯いてしばらく考えていた。
「もし、私が素直に自分の気持ちを語れる女だったら、私は愛している人と…幸せな時間を過ごせただろうか?」
「さぁな。俺にはわからない。」
しばらく黙っていたカーラはジェイクを見て言った。
「…幸せとは、どんなモノなのだろう…。
ジェイク殿、教えて欲しい。
それは、普通の人間として生きて行けば、見つけられるのだろうか?」
「見つかるかどうかは、お前次第だろう。」
カーラは息を大きく吸った。
「……こんな私が生き続けても許されるなら、幸せを見つけてみたい。」
ジェイクは俺の顔を見た。
ルークとローリーの顔も見た。
そして、俺達に確認を取るように頷いた。
「行け!カーラ。」
ジェイクがパチンと指を鳴らすと、俺達はどこともわからない王都の路地にいた。
カーラは前へと歩き出した。
その後ろ姿にジェイクが声を掛けた。
「お前の胸ポケットに住所を書いた紙が入っている。そこを訪ねてみろ。
皿洗いの仕事ならあるだろう。屋根裏部屋が空いていたら貸してくれる。
真面目に仕事をすれば、食事は食べさせてくれる。気難しいが、根は優しい親父の酒場だ。」
カーラは深々とお辞儀をして、また歩き出した。
その後ろ姿を見ながらジェイクは言った。
「カーラの事は心から憎んでいます。
殺しても殺し足りない。今すぐにでも飛びついて、腑を引き摺り出してやりたい。
でも、私は…未来のカーラに1つだけ感謝している事があるのです。
カーラは私を消さなかった。
だから、私は過去に、ここに戻って来れたんです。戻って来て、セオドラ殿下やルーク殿、ローリーと、こうしてここにいる。
憎しみを少し堪えているのは、カーラが私を消さなかった事への温情です。」
ジェイクは俺達を見た。
「未来という名前の私の過去が、私の頭の中で渦を巻き、何をしていても頭から離れないのです。
私はこのまま、この渦と暮らしていくのでしょうか?」
冷たい風が吹き込む王都の路地に、俺達4人はしばらく佇んだ。
「…ジェイク。
お前に苦労をかけた俺が、お前にこんな事を言うのは…と思うけど…。
聞いてくれるかい?
俺が結婚する時、ソフィアが言ったんだ。
辛く悲しい思い出は忘れようと思っても、忘れられない。忘れようとすればするほど思い出し、辛くなる。
だからソフィアは、辛い事よりも楽しい事で頭を一杯にしようと思ったのだそうだ。そうすれば、辛く悲しい事は頭の中でどんどん小さくなる。そう思って楽しい事をたくさん考え過ごしてきた、って。
ジェイク。無理に忘れようとするなよ。その代わり、楽しい事で頭を一杯にしよう。毎日、小さな幸せを探すんだ。
俺達はいつもジェイクの側にいる仲間だよ。
俺達がいる事を忘れないでくれ。」
ジェイクは俯いて肩を震わせた。
しばらくそうしていたジェイクはシャキッと顔を上げ、涙が滲んだ眼で俺達を見た。
そして、ニタ〜っと笑った。
「では…。
私の小さな幸せに、皆さん、今から付き合ってください。
ジュリアがクリームパフを食べたいのだそうです。皆で買いに行きましょう!」
俺達は魔力で服装を変え、それぞれの愛する者に思いを馳せつつ、歩き出した。
ジェイクはきっと大丈夫。もう未来という名の過去にとらわれず、自分の道を切り開いていくだろう。
「ジュリアって、可愛いんですよぉ〜!」
そう惚気ているジェイクの肩をぽんぽんとして俺は聞いた。
「決めたのかい?」
柄にもなく照れたジェイクは頷いた。
「幸せになれ!」
俺もルークもローリーも、ジェイクを突いて子供みたいにじゃれあった。
空には赤い月と青い月が輝いて俺たちを照らしていた。
バリバリのリベンジ、ガッツリざまぁを期待していた皆さん、すみません。
心優しいジェイクは…。
こんなリベンジしか出来ませんでした。




