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〜涙が涸れても〜 は今回が最終話です。
ポイントといいね!を入れて応援してくださった皆様、ありがとうございました。
私を鼻でせせら笑ったカーラが言った。
「おお!忘れる所だった。
ジェイク殿をいい所に連れて行ってやろう。」
着いたのは王都の北の外れにある酒場。
男が1人酒を飲んでいて、娼婦が1人、2人と男の胸に抱きついている。
「ねぇ、テディ。今度は私の番だろ?」
「テディはね、私に惚れてんだから、あっちに行きなよ!」
男はでれっとした顔で、よし、2人いっぺんに…と言って2人にキスをした。
そして、ふっと私を見た。
「あれぇ〜?ジェイクだ!
なんだよお前。どこに行ってたんだよ。
おぉ〜い、皆、俺の友達が来たぞ!皆で飲もう!」
大騒ぎとなった酒場の片隅でカーラも酒をすすっていた。
どんちゃん騒ぎとなった酒場はもう収拾がつかない状態で、テディはヘラヘラと笑い続けていた。そして、また来てくれよ、と握った手には小さな紙切れがあった。
私はカーラに見つからないようにその紙切れを隠し、カーラとともに酒場を出た。
カーラはケラケラと笑った。
「セオドラの片割れは、もう終わりだよ。あのまま酒を飲み続けるしかない。
気が向いたら、もう片方の体に帰るかもしれないが…。誰にもわからないな。
まあ、帰っても使い物にはならんだろ。
心配するな。金だけは使いきれないほど与えてある。ヘタな事にならないように護衛もついてる。
笑えるだろ?」
…護衛?見張でしょう?
セオドラ殿をどこにも行かせない。
ここで酒を浴びるように飲ませ、女を抱かせて、あのまま最後を迎えさせる。
セオドラ殿下の片割れを操り続けたのもカーラだったのか。
セオドラ殿下とソフィア妃殿下の眠る病院へと戻った私にカーラは、明日まで猶予をやるよ、どうしたいのか、決めるんだなと言った。
「言っておくが、下手なことをするとセオドラもソフィアも消えるぞ。
まあ、下手な事はしないよな。
ジェイクはソフィアに惚れてるし…。」
…えっ?
「なんだよ。自分で気が付かなかったのか。
お前が私の色仕掛けにもナビかなかったのは、そういう事に疎かったからなのか。
…残念な奴だな。
まあ、いい。あとは自分で決めろ。
城に帰っても誰もいないぞ。
今頃、父上達が攻撃し終わっている。国王も自衛軍も消えている。」
カーラとキト、ミトが消えた後には空気の流れもなかった。
私は部屋にシールドを張り、セオドラ殿下から渡された紙切れを見た。
そフぃいあ た のむ
乱れたその文字を見て、私は嗚咽を堪えきれなかった。
泣いて、泣いて、泣いて…
涙が出なくなるまで、泣き続けた。
私達は、一体どこで間違えたのだろう…?
私にはわからなかった。
隣の病室に入ると、ソフィア妃殿下は目覚めたようで、セオドラ殿下の手を握って、殿下に話しかけていた。
「ごめんなさい。
わたくしのせいで…。ごめんなさい。」
次の日、私はソフィア妃殿下に自分の決意を伝えた。
「私は何があってもセオドラ殿下とソフィア妃殿下をお守りする、と決めました。
私がどんな行動を取っても、私の心はいつもセオドラ殿下とソフィア妃殿下と共にあります。」
ソフィア妃殿下はポロポロと涙を流して頷いた。
キトとミトを伴って現れたカーラに私は言った。
「セオドラ殿とソフィア様の命だけは助けていただきたい。お二人とも、もう大した力は持っていないのだから、構わないだろう?
私はお二人の命を守るためになんでもする。」
カーラは大声で笑った。
「よかろう。
セオドラとソフィアの命はお前と引き換えだ。
わたしの愛人にしてやろう。
ジェイク、魔力もない普通の男として、私に尽くせ!」
いけません!
ジェイク…いけません!
ソフィア妃殿下の小さな悲鳴のような声が聞こえた。
私はカーラの後ろに控える愛人となった。
しばらくして、カーラはスカーレット国の新王となった。
スカーレット国の王族、貴族達は殆どが消え去った。カーラに反旗を翻し消された者が殆どで、逃げ出した者もいた。
カーラ新王に忠誠を誓った貴族も何人かいた。きっと早いうちからカーラと手を組んでいたのだろう。
晩餐会や舞踏会の度に、私には冷ややかな眼差しが向けられた。
…新王に尻尾を振ったゲス野郎
酒をかけられ、足を引っ掛けられ、辱めを受けた。
そんな夜、カーラは私に冷笑を浴びせ、私をいたぶり続けて楽しげに笑うのだった。
「ざまあないな。
お前は私に尽くすだけの男だ。
わかってるな?」
隣のパール国はタマラ国の属国となり、タマラの第二王子が新王となった。トルディオン王子の兄達はあっという間に消されていた。
ハンナ妃とエリさんは、行方知れずだった。
ベラさんは一度だけ私に連絡を取ってきた。
セオドラ殿下とソフィア妃殿下を守るため、辛い道を選んだのですね。
何も仰いますな。
神のご加護が在らんことをお祈りしております。
そう言って、ベラさんは2人の子と従者を1人連れて消えて行った。
マリアンヌさんは怪我人の手当などをしているうちに逃げそびれ、王立病院で働かされていた。
地位のある者、金のある者を優先する方針にうんざりとしながらも、生きていくためと割り切っている、と私に話した。今、逆らえば、命などあっという間に奪われるのだから。
セオドラ殿下は長い間入院し続け、ソフィア様は殿下の側で過ごす事が多かった。
片割れの殿下は時折り帰ってきていたのだろう。殿下が目を開けてあたりを見たりしていた、とソフィア様が話してくれる事があり、その度にソフィア様は泣いていた。
ソフィア様はハンナの館に住むことを許してもらっていた。マリアンヌさんも一緒にハンナの館で過ごす事を許されて、ソフィア様の数少ない味方となってくれた。私がカーラに頼み込んだのだ。
どの様に頼み込んだのか…それは言いたくない。プライドも何もかも捨てた私でも、言えない。
私は少しでも、殿下と妃殿下のお二人には穏やかに過ごしていただきたかった。スカーレットの正式な後継者はセオドラ殿下だけだったのだから。
毎日の様にソフィア様は庭の手入れをなさっていた。ナハド親方に習った様に雑草を引き、花殻をとり、水をやり…。花を摘んで館に持ち帰っているのは、セオドラ殿下の部屋に飾るためなのだろう。
四阿に腰掛けて花を愛でている姿は、以前と変わらなかった。白銀の髪をほんの少し風になびかせ、可憐なお姿だった。
私がそんなソフィア様を窓から見ていると、カーラはいつも怒り狂うのだった。
それでも、辛いなりに平和だった。
カーラに私が仕える事で、私が我慢する事で、ソフィア様は住む場所もあり、食べる物にも苦労しなかった。セオドラ殿下は病院でそれなりに世話をしてもらえていた。
だが、そんな時間は数年で終わってしまった。
カーラが弟の第3王子に殺されたのだ。
襲撃のどさくさに紛れて、私はソフィア様とセオドラ殿下をどうにか連れて逃げた。兵士達はヨロヨロと逃げ惑う私達には見向きもしなかった。
セオドラ殿下を背負い、ソフィア様の手を引いてスカーレットの王族だけが知る抜け道を通り、外に出た。あの書物庫の抜け道だ。
だが、マリアンヌさんは何者かに消されてしまったようで、行方が分からなくなった。
私とソフィア様、そして眠り続けるセオドラ殿下。3人だけが残った。だが、もう魔力を持たない私には、大した事はできなかった。
3人でどうにか住める場所を探し、酒場の屋根裏に落ち着いた。私は酒場で力仕事、ソフィア様は皿洗いをして金を得た。
ソフィア様が辛うじて持って出た宝石の類は、私が遠くの街まで行って金に変え、生活の足しにした。
ある日、ソフィア様は長い白銀の髪をバッサリと切って来た。
「すごく高いお値段で売れたのです。
髪の毛が売れるなんて…わたくし、知りませんでした。髪の毛が必要な方もいらっしゃるのですね。
生きていると、新しい事をたくさん知ることができます。
ジェイク。
いつもわたくしたちを支えてくれて、ありがとう。わたくしは今、こうして生きている事に感謝しているのです。」
私は涙でソフィア様の顔が歪んで見えた。
ソフィア様が3回ほど髪の毛を売った頃には、ソフィア様の顔には深い皺が刻まれ、手はガサガサになってしまった。
お体が丈夫ではないソフィア様にとって、この暮らしはお辛いだろう、と心からおいたわしかった。
申し訳ありません…
私が不甲斐ないばかりに…
私はいつも心の中で謝罪し続けた。
仕事が始まる時間になっても、ソフィア様の姿が仕事場に現れない事も時々あった。そんな時、ソフィア様はセオドラ殿下の傍でずっと何かを語りかけていたのだ。
何を話しているのですかと聞くと、幸せを感じるやりたい事をセオドラ様にお話ししているのです、とソフィア様は言った。
この前はこう言っていた。
酒場の主人に買い物を頼まれた時、赤いチューリップを見かけたので買いに行きたいのです。この部屋に赤いチューリップがあったら、楽しかった昔を思い出して、少しだけ、しあわせを感じると思うのです。
セオドラ殿下を見るソフィア様は、きらきらと輝いていた。
でも…セオドラ殿下にもソフィア様にも、昔の様な幸せな時は戻ってこないだろう。
それを思う私には、もう流す涙も残っていなかった。
涙は涸れ果ててしまった。
今日も午後の仕事が始まるというのに、ソフィア様の姿が見えない。部屋を覗くと、赤いチューリップを手に、ソフィア様はセオドラ殿下に話しかけていた。
「ソフィア様、セオドラ殿は何も分かってはおられますまい。
酒場の店主にまた食事を抜かれますぞ。参りましょう。私はソフィア様のお体が心配です。」
私がそう言うと、眼に涙を浮かべたソフィア様が答えた。
「ジェイク、先に行ってください。わたくしだけでも、ずっとお側にいて差し上げたいのです。もう、セオドラ様のお側にいるのはわたくしとジェイクの2人だけなのですもの。
皆、あいつらに殺されてしまって…。」
「ソフィア様!!参りましょう!
働いて食事をもらい、明日もセオドラ様に元気なお姿を見せて差し上げましょう。
さあ、行きますぞ!」
ソフィア様はセオドラ殿下にキスをして、部屋を出た。私も親衛隊の礼をして部屋を出た。
二歩三歩と歩くと、部屋の中から妙な物音がして、私は慌てて部屋のドアを開けた。
すると、そこにはキラキラと輝く光が…。
その光に包まれて、私は意識がなくなった。
これからもセオドラとソフィアを応援していただけたら幸いです。
この後も不定期更新です。
よろしくお願いいたします。




