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2日後の午後。
ソフィア、来たよ…とセオドラ殿下の病室に、黒い鎧兜に身を包んだ2人の護衛を連れたヒューイットが現れた。
ソフィア妃殿下の側には護衛のジュエルとカーラ、後ろにルーク殿が立った。私はセオドラ殿下の護衛として、殿下のベッドの側に立っていた。
「えらいね、ソフィア。ちゃんと約束を守れて。」
にっこりと笑ったヒューイットは、そう言いながら妃殿下の方に歩き出した。
妃殿下は小刻みに体を震わせながらも、にっこりと笑ってヒューイットを見た。
「屋敷に白い蛇を置いてくれたのでしょう?
おかげでわたくしは子供の頃の約束を思い出しました。
でも、お父様もお母様、お姉様もいなくなってしまって…。
あ、あの…座ってお話ししたいのだけれど、いいかしら?わたくしは、まだあまり体力がないのです。」
いいねぇ、と言ったヒューイットはソフィア妃殿下を見つめたまま、右手を少し上げて人差し指を動かした。
すると、病室が丸ごとソフィア妃殿下の実家、コペル男爵家の庭になった。
これは幻術によるもの、今いるのは病室だと分かっていても惑わされる。
暖かな日差し、春の風、花の香り、鳥の鳴き声、ゆらゆらと舞う蝶…。全てが本物にしか感じられない。2人の目の前にあるのは椅子とテーブル。
「ソフィアお嬢様と一緒に座るなんて、昔のオレには許されなかったけど…。一緒に座ろう。」
ヒューイットはソフィア妃殿下の隣に座った。
「ねぇ、ヒューイットは私の前からいなくなった後、何をしていたの?苦労したのでしょう?」
ヒューイットの顔を覗き込む様にしてソフィア妃殿下は聞いた。
「その顔…グッとくる。
好きだよ、そんな顔してるソフィア。
ほんとに、かわいいねえ。
俺の事、知りたいのかい?じゃあ聞かせてあげるね。」
ヒューイットはにっこりと笑った。
ソフィア妃殿下がヒューイットに微笑む事で、ヒューイットは油断して自分の事をベラベラと話すだろう。その言葉の中から、幻術を解く何かを見つけられるかもしれない。協力者も割り出せるかもしれない。
ソフィア妃殿下は私達にそう言っていた。
「白い蛇を見つけたオレはソフィアの婚約者だ、って親父に言ったらさ、親父にボコボコにされたよ。白い蛇も取り上げられて、散々だったよ。
ソフィアお嬢様には近づくなと言われてさ。悲しかったなぁ。
でもさ、オレはソフィアの事はいつもちゃんと見てたんだぜ。気がついただろ?
それで、ソフィアが13歳ぐらいの時にさ…」
我慢できなくなったヒューイットはソフィアの部屋に忍び込んだ。ソフィアは体調が悪く眠っていた。
「ソフィアは俺の婚約者だから一緒に寝てやろうと思ったんだ。オレがキスすればさ、すぐに調子も良くなるはずだからな。」
だが、ヒューイットはダニエル コペル男爵に殴られた上に屋敷から追い出された。父達も皆、屋敷から出された。しばらくは何もせずゴロゴロとして過ごしていたヒューイットだったが、金儲けの話はあちこちから舞い込んだ。
「オレは金儲けの才能があったんだな。面白いように金が入って来たんだ。だから、金を貯めてソフィアを迎えに行こうって決めた。
会えなくなったけど、オレの気持ちは変わらないし、ソフィアだってオレのことを愛してるの、分かってたからね。頑張れた。」
「ど、どんな事をしたの?」
「聞きたいのかい?
貴族や金持ちの家を借金地獄に落とし込んでさ、借金のカタに娘を売ったんだよ。貴族の娘はね、高値がつくんだ。
それでさ、金が貯まったんでソフィアを迎えに行ったんだよ。」
だが、コペル男爵はヒューイットとソフィアは婚約なんかしてないという。ソフィアに会わせようともしなかった。
「ソフィアとセオドラが婚約したって噂は聞いたけど、ソフィアはオレのモノだからね。皆、いい加減な事言ってるなって思ってた。
なのにさ、お前のオヤジったらさ、金と地位に目が眩んじまって、セオドラなんかにソフィアをくれてやるって決めてたんだ。
腹が立った。それじゃあソフィアが可哀想じゃないか。ソフィアはオレを愛してるのにさ。オレのモノなのに。
だから、オレは決めたのさ。
セオドラよりも強い力を身につけて、かわいそうなソフィアをこの手に取り戻すってね。
それで、オレはタマラ国に行ったんだよ。」
「まあ!タマラ国に?
大変だったでしょう?」
「仕事で知り合ったパール国の奴から秘密の方法を教えてもらってタマラに入ったんだよ。地獄の沙汰も金次第。入るのは簡単だったんだよね。」
だけど、タマラの兵に捕まってボコボコにされ、何しに来たと聞かれたヒューイットはこう言った。
スカーレット国に復讐するための力を付けに来た。
すると城に連れて行かれ、タマラ王の前に引き据えられた。
王に、何のための復讐だと聞かれ、セオドラ王太子に女を取られたからだと答えると王は爆笑した。
気に入った!
タマラの幻術を教えてやろう。
お前はセオドラをいたぶり、女をとりかえせ。
タマラはスカーレット国を頂く。
「それから何年もかけて修行してねぇ。やっと独り立ちしたんだよ。
タマラの王はオレのこと気に入ってさ、今日もこうして護衛もつけてくれてさ。
すごいだろ。
まあ、俺の話はこんな所かな。」
ヒューイットはにっこりと笑った。
ソフィア妃殿下も笑ったが、その顔が少しずつ歪み体がガタガタと震えて、椅子から転げ落ちそうになった。
「おい、ソフィア。大丈夫かよ?」
ルーク殿がヒューイットを睨みつけ、ジュエルとカーラがソフィア妃殿下を慌てて支えた。
「貴様!ソフィア様に何をした!」
ジュエルが大声を出すと、ヒューイットは口をへの字に曲げた。
「ちっ!
オレはなんもしてねぇよ。」
何もしてない?そんなわけなかろう、というジュエルにヒューイットはめんどくさそうな目を向けた。
「こいつ、うざっ!
消えろ!」
音もなくジュエルが消え、後には何も残っていなかった。それを見ていたソフィア妃殿下の目から涙が溢れた。
「やめて…。
ヒューイット。もうやめて。」
ヒューイットが勝ち誇ったような顔でソフィア妃殿下を見た。
「やめて欲しいの?だったらオレと一緒に来いよ。オレと一緒に暮らしてさ…楽しく過ごすんだ。一生可愛がってやるよ。」
だめです
できません
だって…わたくしはセオドラ様の妻ですから
わたくしの愛しているのは、セオドラ様だけです
「ヒューイット。
あなたはわたくしのために白い蛇を見つけてくれた。でも、わたくしは白い蛇をあなたからもらっていません。お父さんが捨ててしまったのでしょう?
あなたとわたくしの婚約なんて、最初からありません。」
「そんな事言って!」
「あなたは…6歳の子供の戯言を信じ続けて、たくさんの人を殺した!
白い蛇の話など、子供の御伽話です!」
「うるせ「これでも食らえ!」」
その時、病室が壊れた。
ルーク殿がヒューイットに向けて雷を落としたのと、カーラがルーク殿に向けて火玉を落としたのは、同時だった。
「ヒューイットの協力者はお前か…。
でも、ヒューイットが死ねば幻術も解ける。セオドラ殿下も元通りだ。
こっちの勝ちだ。」
カーラは高笑いをしてルーク殿を見た。
「ばかね。セオドラに術をかけたヒューイットが死んじゃったら、もう解術できないのにさっ!」
ヒューイットは雷に撃たれて息絶えていた。
「だからね、セオドラはずっとあのままよ。残念でした。
スカーレット国はもらったわ。
さようなら、ルーク殿!」
カーラはルーク殿に投げキッスを贈った。
ルーク殿は一瞬で消えた。
ソフィア妃殿下は気を失い、倒れていた。
カーラは私を見てにっこりと笑った。
「セオドラの親衛隊のジェイク殿。
私はね、タマラ第三王女なの。
ここまで長かったわ。
お父様がヒューイットなんて気に入っちゃったから、ほんと、めんどくさかった。さっさとやっちゃえば良かったのにね。
ソフィアは大丈夫よ。私がちょっと眠らせたの。
セオドラとソフィアを隣の部屋に寝かせておきなさい。一応、この国の王太子夫妻だからね、丁重に扱いなさい。」
カーラはヒューイットに付いていた2人の護衛、キトとミトにそう命じると、右手の人差し指をくいくいっと曲げて私を呼んだ。
「で、どうする?ジェイク殿?
ここで消える?それとも…?」
私はにやっと笑ってカーラに言った。
「逆らったりしませんよ。セオドラもあのままなんでしょう?もう、お仕えする意味もない。」
ふん、とカーラは私を見て鼻でせせら笑った。
「私の部下になるか?それとも、魔力を取り上げられて普通の男になるか?
お前の道は2つに1つだ。」
普通の男になる。それもいいじゃないか!
私はヘラヘラと笑ってカーラを見た。




