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王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜涙が涸れても〜
63/73

6

 色々な事が次々に押し寄せる中、ソフィア妃殿下はコペル男爵家に戻った。


「ヒューイットはわたくしに約束を思い出せと言いましたが、わたくしには何も思い当たる事がありません。両親と姉に会って、わたくしの忘れているモノを見つけて来ます。

 すぐに戻ります。

 ルークは一刻も早く、幻術を解く方法を見つけ出してください。

 ジェイク、わたくしが帰るまで皆とセオドラ様をよろしくお願いします。」


 ジュエルとカーラに護られながら、ソフィア妃殿下はセオドラ殿下の眠る病室からコペル家へ飛んだ。




 ……そして…すぐに戻って来た。


 ソフィア妃殿下はぶるぶると震え蒼白な顔で、両脇をジュエルとカーラに支えられていた。


 どうされたのですか?という問いに、ソフィア様はただ首を左右に振り続けているだけで、答える事ができなかった。

 

 ジュエルを見ると、ジュエルは眉間に皺を寄せていた。そして、ポツンと言った。


 空っぽだったのです、と。


 とりあえずセオドラ殿下の病室に続く応接室に入り、妃殿下に休んでいただくとジュエルは話し始めた。


「3人でいつものようにコペル男爵家に飛んだのですが…。」


 しんと静まり返ったコペル男爵家の中は、誰もいなかった。ソフィア様の両親、姉のフローラ様、カイセル坊ちゃん、執事、使用人…誰もいなかった。

 それどころか、家具や飾り物もない…。

 何もない。空っぽ。


「もぬけの殻…というのでしょうか。誰もいらっしゃらなかったですし、何もなかったのです。本当に、何にもありませんでした。

 ただ…小さな白い蛇が1匹、エントランスの真ん中に死んでいました。」


 ソフィア妃殿下は両手で自分を抱きしめ、震え続けていた。そして、小さな白い蛇、小さな白い蛇、と言いながら目を泳がせていた。


「わたくしが子供だった頃読んだ本に…小さな白い蛇のお話がありました。」


 小さな白い蛇を見つけたお姫様が、望みを叶えて幸せになるお話


「わたくしが5〜6才の頃…今より、もっと体が弱くて…お姉様とヒューイットしか遊び相手がいなくて…。それで…」


 そんな事…?


 ソフィア妃殿下は両手で顔を覆って、小さな声で呟いた。


「そんな事で?

 ヒューイットはそんな事で?

お父様もお母様も…みんな、みんな、消してしまったのでしょうか?

 ローリーも、フィルも、トルディアン王子も、護衛の皆も…。そんな事で?」


 そして、気を失ってしまわれた。



 私はマリアンヌさんを急いで呼び、ソフィア妃殿下を診てもらったが、マリアンヌさんは険しい顔をした。


「妃殿下はこの所、頑張りすぎでしたから…。今、状態はあまりよくないのです。何度も休む様にと言ったのですが聞いてくださらなかった。

このまま、少し様子を見るしかありません。」


 セオドラ殿下の隣の部屋で眠るソフィア妃殿下の顔は本当に青白く、呼吸も浅く早くなっていた。



 呼び寄せたダニエル コペルにジュエルの話を伝えると、ダニエルは急いで屋敷に戻ったが、なぜかそのまま戻って来なかった。ダニエルの部下も4人付いていたはずだが、その4人も帰らない。


 コペル家に何が起こっているのか、わからないまま時間が過ぎていく。ダニエルの部下たちが様子を見に行く、と言うのを引き留めて屋敷にシールドを張り、少し離れた所に監視を付けた。


 何が起こっているのだろう。


 誰もが不安に思う中、ソフィア妃殿下が目を覚ました。


 目覚めた妃殿下は、セオドラ様は?とマリアンヌに聞いた。首を左右に振るアリアンヌを見てソフィア妃殿下はポロリと涙を一粒落とした。


「まだ、眼を覚まされないのですね。」


 しばらく病室から外を見ていたソフィア妃殿下は、小さな声で私に言った。


「ルークを呼んでください。ジェイクにもマリアンヌにも、一緒に聞いて欲しい事があります。

 わたくしの事は心配はありません。大丈夫ですから。

 全てはわたくしのせいなのです。ですから、わたくしがしっかりとしなければなりません。」

 

 マリアンヌが暖かいお茶を入れてソフィア妃殿下に渡し、背中をそっと撫でた。




 ルーク殿がやって来ると、ソフィア妃殿下はしっかりとした顔で皆を見て話し出した。


 それは、6歳のソフィア妃殿下の話だった。



 その頃のソフィア様は本当に体が弱く、自室のベッドと病院を行ったり来たりしていた。ごくたまに調子が良い時には庭に出る許可が出たが、遊び相手は姉のフローラ様と下働きをしていた一家の息子のヒューイットだけだった。

  

 ある日の事、珍しく体調がよかったソフィア様は庭に出た。アリスが車椅子を押してくれて、暖かな風が吹く中、花を見たり蝶々が飛んでいるのをみて楽しんでいた。


 車椅子から普通の椅子に移って庭のテーブルについたソフィア様は、喉が渇いたの、とアリスに言った。なぜか周りには誰もいなかったので、アリスは人を呼びに行った…その隙に小さな事件が起きた。


 小さな白い蛇を持ってヒューイットが現れたのだ。ヒューイットはにっこりと笑っていた。


 ほら、本に出てた白い蛇だよ。

 欲しいって言ってたじゃないか。



「わたくしは少し前に、確かにヒューイットにそう言いました。


 ねぇ、ヒューイット、知ってる?白い蛇を見つけたら、望みが叶って幸せになれるって本に書いてあったのよ。

 だから、わたくし、1匹欲しいの。そうしたら、幸せになれるでしょう?

 わたくしの体も丈夫になって、わたくしに外に出ちゃいけないと言うお父様とお母様はいなくなって、わたくしの食べられない美味しい物をたくさん食べるお姉様もいなくなって…。

 きっと、わたくしも好きな事が毎日できて楽しいと思うの。

 

 ヒューイットはその話を聞いて、わたくしにこう言いました。

 

 じゃあ、白い蛇を見つけたらオレも幸せになれるかな?ソフィアとずっと一緒にいられるかな。


 6歳だったわたくしは、こう答えたと思います。


 もちろんよ、ヒューイット。白い蛇のお話の最後は、白い蛇を探してお姫様に手渡した騎士がお姫様と結婚するの。

 2人は幸せに暮らしました、めでたし、めでたし、っていう最後なのよ。


 


 庭で座っているわたくしに、白い蛇を見せてヒューイットは微笑んでいました。


 これで俺達は結婚できるな。婚約したって事だ。


 無邪気で世間知らずの6歳だったわたくしは、にっこりと笑ったんだと思います。


 そのとき、アリスが飲み物を持って戻って来ました。そして、ヒューイットが手に持っていた蛇を見て大声で叫んで…。大騒ぎになりました。


 ヒューイットは屋敷の者達に引きずられていきました。

 父親から叱られたのでしょう。それ以来、ヒューイットがわたくしの側に来る事はありませんでした。ただ、遠くからわたくしを見るヒューイットの眼差しが怖かった。


 白い蛇とお姫様の本もそれっきり見ていません。きっと、お父様が隠したのだと思います。


 わたくしは白い蛇とお姫様のお話の事も忘れていましたし、ヒューイットが白い蛇を見つけて来た事も忘れていました。


 ヒューイットは、6歳だったわたくしが言った事を守れ、というのでしょうか?


 ルーク、ジェイク、マリアンヌ。

 わたくしは子供の頃のそんな約束を守るつもりはありません。わたくしが大切に思っているのはセオドラ様だけです。


 わたくしはどうすればいいのでしょう?」


 ソフィア妃殿下は私達を見た。

 私達は何も言えず、ただソフィア妃殿下の顔を見ていた。

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