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王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜暗闇の向こうに〜
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7

〜暗闇の向こうに〜 は今回で 完 となります。


いいねとポイントを入れて応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。たくさんの方に読んでいただき、心から感謝しております。


この後もセオドラとソフィアの物語は続きます。

お楽しみください。


 その男はソフィアの病室にも出入りする病院の職員だった。


 ソフィアの見舞いに来た義父エイダム コペルと俺は、病室に続く応接室で話しをしていたのだが、エイダムはノックをして入って来たその男を見て、驚いた様に眼を見開いた。


「お、お前!ヒューイットか?ここで何してる?」


 なにって、旦那様…。


「私はこの病院の下働きでございます。こちらの病室の掃除などを担当しているのでございます。

 私ではご不満でしょうか?」


 エイダムは、珍しくもこめかみに血管を浮き上がらせ、怒りを顕にした。


「今すぐ、ここから出て行け!」


「旦那様…。

 いや、今は私はコペル家の下働きではありませんから…旦那様ではないですねぇ。

 

 コペル男爵様。

 私はこの病院で働いております。真面目に、誠実に…です。

 私の事が気に入らないからと、あなたが私を解雇する事はできませんよ。

 そうでございますよね。セオドラ王太子殿下?」


 それでは、私は私の仕事をいたします、とヒューイットはゴミを集めて出て行った。


 エイダムはヒューイットが出て行ったドアを憎々しげに睨んだ。


 あれは一体誰なんだ、と問う俺に、エイダムは聞くほどの価値もない男です、と答えた。


 かまわん、話せ、と俺が言うと、エイダムはしばらく考えて、俺の耳に囁くように言った。


「我が屋敷で話してもよろしいですか?万が一にでもソフィアの耳には入れたくありません。」


 俺は頷くと、ソフィアの病室を覗いた。


「ソフィア。義父上と男同士の秘密の話をしてくるぞ。すぐ戻る。待っていておくれ。」


 発熱が続いていたソフィアは念の為に入院しているが、熱も下がって明日には退院してよいとマリアンヌが言っていた。

 護衛にはジュエルとカーラが付いている。


 ソフィアは小さく手を振って、いつもの様に、可愛らしくにっこりと笑った。

 




 コペル男爵家のシガールームに、人払いをして2人になると、エイダムはシールドを張った。


「あの男、ヒューイットは、我が男爵家に住み込みで働いてくれた下働きの家の息子です。」



 エイダムは大きく息をはいてから、話し始めた。




 

 ヒューイットは何代も前からコペル家に住み込みで働く、真面目で誠実な下働き一家に生まれた。


 年上のヒューイットは病弱だったソフィアにとって数少ない遊び友達だった。

 

 ところが、ヒューイットは大きくなるに従って性格が変わり、行動も粗野になっていった。


 エイダムは何度もヒューイットに言った。


 お前の父親の様に、真面目に、誠実に働くんだ。そうすれば、道はひらけて行く。真面目に勉学に励めば、お前は手堅い商人になれるぞ。


 エイダムは心の中で、その為の援助はしようと思っていた。ヒューイットは魔力は持たないが、知恵の働く、賢い少年だったからだ。



 

 ところが…ソフィアが13歳の時の事だ。


 ヒューイットは熱を出して寝込んでいるソフィアの部屋に忍び込んだ。そして、ソフィアのベッドに潜り込もうとしている所をアリスに見つかった。

 アリスの叫び声でヒューイットは男爵家の男達に捕まった。


 その時、ヒューイットはニタリと笑ってエイダムの耳元でこう言った。


 残念だねぇ…。ソフィアはもう俺の女だ!




「私はヒューイットを殴りましたよ。顔が腫れ上がるまで殴りました。でも、あいつは…。」




 血だらけの顔でニタニタと笑いながら、ヒューイットは言った。


 ソフィアが充分に大人になったら、俺の妻として迎えに来てやるよ。待ってるんだな。


 ヒューイットはそのまま屋敷の外に放り出された。父親達にはそれ相応の金を渡して出て行ってもらった。

 




「殿下ならおわかりだと思いますが…

 ソフィアとあいつとの間には何もありませんでした。

 今ではあいつの事など、ソフィアは子供の頃の顔と名前ぐらいしか覚えていないでしょう。」





 その後、エイダムもそんな事はすっかり忘れて、ソフィアは俺と結婚する事が決まった。


 ところが、国中に俺とソフィアの結婚が発表されてすぐ、ヒューイットがコペル男爵家に現れた。きちんと身なりを整え、見違える様に礼儀正しく挨拶をするヒューイットに屋敷の者は皆驚いた。


 深々と頭を下げてヒューイットは言った。


 コペル男爵様。

 お約束通り、ソフィアを迎えに参りました。

 男爵様のお言葉通り、真面目に誠実に働いてようやく妻を迎えに来る事が出来るようになりました。

 長い間ソフィアを待たせてしまい、可哀想な事をいたしました。申し訳ございませんでした。


 エイダムは目眩を堪えてヒューイットに言った。


 何を言ってるんだ!

 お前とソフィアが結婚する約束などしてないだろう!勝手にお前が言ってただけじゃないか。

 ソフィアはセオドラ王太子殿下との婚約が整ったばかりだ。お前も知っているはずだ。


 するとヒューイットは悲しげな顔をした。


 私とソフィアは子供の頃から将来を誓い合っておりました。皆様、ご存知だと思っておりましたが…。




「もしかしたら、幼い頃のソフィアはヒューイットにこう言ったのかもしれません。


 大きくなったら、お嫁さんになってあげるね…


 そんな戯言は子供なら誰でも言うでしょう?

 そして、大人になって、そんな事もあったと言って笑うものでしょう?

 ですが、ヒューイットは違ったんです。その言葉を信じ続けたんです。」





 ヒューイットはエイダムを睨みつけた。


 私よりも力と金のある王太子が、私と婚約していたソフィアを横取りするのですね。

 

 金と力ですか…。そういう事ですか…。


 こうやって下手に出てみれば…!

 俺を裏切った報いを楽しみにしやがれ!

 後悔したって遅いぞ。



 そう言ってヒューイットは帰って行った。その後はどこで何をしていたのか、全く分からない。


 そして、今日、病院の下働きとして現れた。




 

 エイダムは大きなため息を吐いた。


「あいつは、あの病院にソフィアがいると知ってあそこで働いているのですよ。あいつは何をしでかすか分かりません。対策を立てないと危険です。」 

 



 早急に対策を立てる、とエイダムに告げ、俺は急いでソフィアの待つ病室に戻った。




 すると、そこに青ざめた顔のマリアンヌがいた。


「殿下!ソフィア様の容体が…急変しました。」


 えっ…?


「さっきまで元気だったじゃないか…!」


 そうなんですが…とマリアンヌは困惑した顔で言う。


 急に意識が朦朧とし始め、反応が鈍くなっているという。原因が分かれば対処の仕方もあるが、原因もわからない。


「しばらく、様子を見るしかありません。今、父も来ましたが…。」



 俺がソフィアの側に行くと、苦しげな呼吸音が微かに聞こえた。


「ソフィア…。ソフィア。」

 

 俺がソフィアの手を握り、名を呼ぶとソフィアは微かに目を開けて俺を見た。そして、そのまま、目を閉じた。


 呼びかけにも答えない状態が続いた。


 マリアンヌの父、ロクシー バーロンド医師も何度も顔を出してソフィアを診察したが、やはり原因は分からない、と言う。暗い気持ちのまま、4日が過ぎた。



 その日、俺が名前を呼ぶとソフィアはうっすらと目を開けたんだ。

 そして、柔らかく笑って小さな声でこう言った。


「わたくしの1番のお薬はセオドラ様。

 セオドラ様が来て下さったから、わたくしは元気になります。」


 そして、微かな息をしながらこう付け加えた。


「わたくしのために無理はなさらないで…。

 わたくしは元気になりますから。

 …元気になってみせますから…。」


 俺は頷いて、ソフィアの手を握りしめた。


「ああ、元気になってくれ。まだ、一緒にやりたい事がたくさんあるんだからな。」


 ソフィアはまたゆっくりと目を閉じた。

 それからソフィアは何にも反応しなくなり、何度も呼吸が止まった。そんな状態で1週間が過ぎた。


 マリアンヌと父親のロクシーが俺に告げた。


 やれるだけの事はやりましたが…残念です…。

 静かに見送ってあげましょう…と。



 ソフィア、愛してるんだ。心の底から。

 ソフィアのためなら、俺はなんでもする。


 …俺はどうなってもかまわない。


 俺はひんやりとしたソフィアの手を握りしめながら何度も心の中でそう繰り返し、病院のベッドに横たわるソフィアを見つめていたんだ。




 どれくらいそうしていたのだろう。

 

 突然、何者かが現れて言ったんだ。


「ソフィアのためなら、セオドラ殿下はなんでもするのですね?」


 ああ、ソフィアの命が助かるのなら…。


「よろしいでしょう。

 その代わりに…

 みじめな最期をセオドラ殿に…」


 ゲタゲタと下卑た笑い声が響いた。


「おめでとうございます。

 契約は成立しました。」


 そして…ふっと気づくと、ソフィアが俺を見て微笑んでいたんだ。

 

「セオドラ様?

 わたくし、元気…みたいです。」


 マリアンヌが慌ててやって来て、驚いていた。信じられません…と。





 そして、今…。


 俺は、なんとも言えない染みがある鼠色の壁をみている。タバコと油の混じった匂いも、酔っ払った男達の声、女達の嬌声も、俺が飲んだくれていた時のままだ、と分かった。



 …ああ、そうか。そうだったのか。

 やっと気がついた。

 あの時、契約が成立した、と言ったのはヒューイットだったんだ。


 俺は、あの男の幻術に惑わされたんだ。飲んだくれの俺に戻されて、何もかも失った。

 

 なんという事だ!俺は、なんという事を!


 惨めな最期…。

 愛するソフィアは見る影もない。友は皆殺された。

 そして、俺は場末の酒場で動けない。



 俺の周りを暗闇が覆い始めた。俺は暗闇に飲み込まれて行く。


 違う!違う!

 俺が欲しかった未来は、こんな未来じゃない。

 違う!違う!違う!


 誰か、だれか!

 違う!こんな未来じゃない。


 俺を元に戻してくれ!

 時間を巻き戻してくれ!


 だれか…

 誰か!だれか…!!

 


 俺の頭にある名前が浮かんだ。


 ゼノン


 ゼノン


 その時、暗闇の向こうに、微かに光が現れた。

次話からしばらくは、ジェイクが語り手となって物語が進みます。お楽しみに。


これからもセオドラとソフィアを応援していただけたら幸いです。


不定期更新です。よろしくお願いいたします。


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