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王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜暗闇の向こうに〜
52/73

2

本日、2話目の投稿です。

よろしくお願いいたします。


不定期更新となります。

 今日はついてない…。


 ある朝、俺はそう思った。


 大した事が起きたわけではない。

 着替えようとしたら、シャツのボタンが取れたんだ。白いはずのボタンが黒ずんで半分に割れていた。

 

 掌にボタンを乗せて、取れたよ、と側使えのビクターに見せると、申し訳ありません、と急いで替えのシャツを出してくれたからいいのだが…。なんとなく、朝から冴えない気分になった。


 ボタンぐらいどうということもないさ、とビクターに言いながら着替えて、俺はソフィアの待つダイニングルームへと向かった。



 そして、まずは朝の熱い珈琲を飲もう…とカップを手にして口元に運んだ瞬間、なぜか珈琲が一滴、跳ねて俺のシャツに飛んだ。


 ぽちん、と跳ねた小さな珈琲の一滴が、着替えたばかりの白いシャツに広がっていく。俺はほんの少し眉根を寄せ、どんどんと広がっていく珈琲のシミを見て小さく舌打ちをしてしまった


 ちっ!


 ソフィアはそれを見て、くすりと笑い、今日はいい事がありますね、と言った。


 …そうなのか?


「だって…、珈琲がセオドラ様のシャツをめがけて飛び跳ねるなんて、滅多に起こらない事が起きたのですもの。良い事が起きるに違いありません。」


 アリスもそう思うでしょう、と振られたアリスは、ほかほかのパンを皿に乗せながら言った。


「そうでございますとも!

 普通、珈琲は飛び跳ねたり致しません。

 それはまさしく、吉兆でございます。」


 真面目に答えているアリスに思わず笑ってしまい、今朝はもうすでに一回シャツを着替えてるんだ、とは言えなくなった。


「そうだな…。

 良い方に考えるとするか。」


 気持ちを切り替えて珈琲を飲んだが、俺の心の奥底に、なんとも言えない嫌な感じが残った。




 最近は朝食の後、ソフィアと2人で庭を散歩するのが日課になっている。2人きりの時間を大切にしたい俺達は、腕を組みゆっくりと花を愛でながら庭を歩く。


 まあ、少し離れて護衛がいるし、中には姿を消して見守っている護衛もいるのだから、2人きり…というわけでもないが、それでも俺達2人にとって大切な時間だ。


 ソフィアの庭は、今、チューリップがきれいに咲きそろっている。赤いチューリップは俺達が結婚する前に、俺がソフィアにプレゼントした球根を株分して増したものだ。いつのまにか庭の広い部分を赤い花が埋め尽くすほどになっている。

 だが、いくつか黒っぽくなっていて、花も終わりが近いのか、と残念な気分になる。


 チューリップが咲くこの庭は、ソフィアがナハド親方達に教わりながら丹精込めて世話を続けていて、花が咲き乱れ蝶がゆらゆらと飛ぶ、この王城で働く皆の憩いの場所になっている。


 俺が作った小さな四阿の周りにも白や紫色、ピンクの小さな花が咲いていて、とても可愛らしくなった。


 そして、驚いたことに、ソフィアの庭の四阿で愛の告白をすると成就する、という都市伝説のような話がいつの間にか広がっていて、何組ものカップルが本当に誕生した。




 最初はローリーとベラだった。


 次がルークとマリアンヌ。

 この2人の時は、ルークが俺、ジェイク、ローリーに言ったんだ。


「マリアンヌに四阿で結婚を申し込みます。

 うまく行ったら殿下の部屋に向かって手を振ります。」


 それで、ソフィア、ローリーとベラ、ジェイク、ジュエル、それにハンナ妃とエリも俺たちの部屋にやって来て部屋の明かりを消し、固唾を飲んで成り行きを見守った。


 ルークはマリアンヌに王道でプロポーズした。


 片膝をつき、差し出した小さな箱の蓋を開けて頭を垂れるルーク。マリアンヌはその手を取って立ち上がらせ頬にキスした。そして、ルークがマリアンヌの指にゆっくりと指輪を嵌めて、2人は長い長い口付けをした。


 その後、ルークがマリアンヌに何か言うと、マリアンヌが両手で顔を覆った。きっと、ルークから皆が窓から見ていると言われたのだろう。


 しばらくして2人が俺たちの部屋に向かって手を振ったので、俺たち皆は庭に行って2人を祝福したんだ。




 何組目だったか…

 驚いたのはアランとアリスの2人だった。


 アランが俺に話があるとやって来たのだが、もじもじとしてばかり。終いに、付き添いで来ていたビクターが痺れを切らし、ソフィア様の庭の四阿を使わせていただきたいとアランが言いたいようです…と笑いを堪えるように言ったのだ。


 俺は心の中で、あの四阿の使用許可はいらないんだけど…と思いながらも興味津々で、相手は誰なんだい、と聞いた。


 アランは真っ赤になって、ア、ア…としか言えず、ビクターがアランを肘でツンツンとしながら、アリスさんって言えよ、と小さな声で言ったので、やっと相手が判明したのだ。


 この2人の時はビクター達側仕えの仲間や下働きの者達、パティシエ達、シェフ達、侍従までも他の部屋で見守っていた。


 アランがアリスの手を取り何かを言ったあと、アリスが頷いたのを見て、皆は歓声をあげながら走り出していた。皆が2人を取り囲み、拍手をして2人を祝福したんだ。


 アランもアリスも俺達が子供の頃から側にいてくれた大切な大切な人だ。アリスが頷いたのを見て、ソフィアは泣き出していた。

 

「セオドラ様。わたくし、アリスには本当に幸せになって欲しいのです。だから、今とっても嬉しいのに、涙が止まりません。」


 ソフィアはそう言って、俺の胸で大泣きしていたっけ。




 今となっては、それも楽しく懐かしい思い出だ。

 

 そんな沢山の愛を見守って来た四阿に俺とソフィアは座り、しばらくの間のんびりと過ごす。


 そんな時間が本当に幸せだ。

 

 そんな俺達の目の前を黒い蝶が2羽3羽、ゆらゆらと飛んでゆく。





 その日は午後の会議が長引いた。


 今の最大の課題は、いつまで経っても解決しないパール国、タマラ国との睨み合いだ。

 他にも、温泉事業や黒い燃える水の利用について…。長々と会議は続いた。




 会議がまもなく終わろうとする頃。


 俺がふと手を動かした瞬間に、手にしていたペンから黒いインクが議事録にぽたんと落ちた。

 広がって行く黒いインクがいつも見る夢を思い起こさせて、俺はまた舌打ちをした。


 侍従が慌てて拭き取ろうとしたが、インクは広がり始めていた。

 そして、それはゆっくりとある名前を浮かび上がらせた。


 ソフィア


 そして、その字はゆっくりと消えて行った。


 その時になって、俺は気が付いた。

 朝からの出来事は、ついてない…どころではない。何かが起きようとしているのだ。


 俺は執務室に戻るとルークを呼び、人払いをして、シールドを張った。


 最近の夢の話、そして今日の事をルークに話すと、ルークは眉根を寄せた。


「殿下、くれぐれも注意してください。

 楽しみになさっているとは思いますが、ソフィア妃殿下は城の外に出るのはしばらくやめた方がよろしいでしょう。


 ジェイクとローリーには私の方から委細を報告しておきます。とりあえず、妃殿下の側にいて差し上げてください。」


 ルークは音もなく消えて行った。

 

 執務室には俺が1人。

 外は雨混じりの風が吹き、赤い月も青い月も雲に隠れて見えない。


 重い気持ちを抱えてソフィアの元へと俺は急いだ。


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