冬 6
セオドラとソフィアの物語、第一部の最終話です。
お楽しみください。
応援して下さった皆様、ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。
ソフィアの刺繍の会で作った匂い袋は、王城の庭で開かれる冬のバザールに出店することになった。
王都に住む皆が楽しみにしているバザールは、買い物をしたり、食事をしたり、遊んだりできるイベントで大勢の人がやって来る。
俺もソフィア達の出店を見るのを楽しみにしていたんだが、行けなかった。緊急の会議が入ってしまったんだ。
トラビスが全面的に自白した事でパール国とタマラ国の陰謀は明るみになった。だが、具体的な被害がなかったのは幸いだった、とその会議で父上は言った。
「これからは軍備を強化する。
これ以上パール国とタマラ国に好き勝手させないために、アズール国、サワナタ国、ピリュー国、カレント国と連携を取る事となった。
それに伴い、我が国も自衛軍を結成する。」
ついにスカーレット軍を作ることになってしまった。今までの様に貴族の領地に国境警備のための軍備をするだけでは国民の安全を守りきれなくなってしまった、ということだ。
それはとても辛くて残念な事だ、と俺は思っている。軍隊を作るなんて…誰も喜びはしない。
自衛軍を組織するために、将となる人材を招聘する事も発表され、その中にソフィアの義兄ダニエル コペルの名前が入っていた。
あちこちからのダニエルの推薦があったと聞く。そんな優秀な男はかなり渋った様だが王命だ。断れない。
ダニエルはぶんむくれた顔で集まった皆に挨拶をし、やりたくないオーラを全開にしていた。
会議の後でダニエルは半泣きになって俺に言った。
「殿下…。
妻に…フローラに泣かれました。
自衛軍だなんて…。
私の…私の愛する旦那様が(涙)そんな危険な所に入るなんて嫌です。(涙)
私を置いて逝ってしまうかもしれない…。(涙、涙)そんなの嫌です。
自衛軍なんてやめて下さい!私のそばにいてください、って。(なみだ、涙、涙…)
子供の頃から年上のフローラに恋し続けて、やっと結婚して子供も生まれたんです。その愛する妻にやめて欲しいと泣かれたんですよ!
本当にやりたくない!
やりたくないです!(嗚咽…)」
俺がダニエルの肩をぽんとして、諦めろと言うと、ダニエルは恨めしそうな顔で言った。
「殿下は他人事だと思って…。」
ダニエルは項垂れたまま、愛する妻と子の所に戻って行った。
このやりたくないと項垂れていた男は、妻に悲しい思いをさせたくない一念で阿修羅のごとく戦い続け、自衛軍の司令長官になった。そして、敵国だけでなく、自国の者達からも鬼のダニエルと恐れられるようになるのだが…それはもう少し先の話だ。
俺が会議を終えて、城の自室に戻るとソフィアが俺の事を待っていた。
バザールはどうだった、と聞くとソフィアは嬉しそうに、全部売れたのです、と答えた。
様子を少しだけ見たいと思って、ベラやマリアンヌと護衛に守られながら出店に行ったら、ソフィア様だ、ソフィア様がおられるぞ!と大騒ぎになってしまったのだそうだ。
皆がソフィアに手を差し出して来るので、握手をした所、ますます人が集まってしまった。
これは一体どうすれば…と思っていると、ジュエルが眼光を鋭くして言った。
「ソフィア妃殿下が匂い袋を買う者と握手をしてくださる。静かに1列に並べ!
騒いだり、順番を守らない者はつまみ出すぞ!」
騒ぎになったのは初めだけで、後は皆ざわつきながらもニコニコと楽しげに並んでいたのだそうだ。
ソフィアの周りには制服に身を包んだ女性騎士たちがいて、辺りを警戒してくれた。
それに、準騎士団の帽子に付いている赤い羽飾りもあちこちで揺れているのが目に入った…。
「だから、平気でした!
セオドラ様も一緒に行けたらよかったのに…」
ふむ…。
ソフィア、その警戒心の無さは問題だぞ!
そう思うが、キラキラとした瞳で話すソフィアをみていると、俺は何も言えなかった。
相変わらず俺はソフィアに甘い。
甘すぎる自覚は大いにある。
そして…。
握手の列は続いているのに、売る物がなくなってしまい、皆ががっかりとしていたとソフィアは言った。
「ですから、来年はもっと売る物を作らないといけません。」
ん?続けるのか?
「それに…。
バザールから戻ってお茶をしていたら、チーフパティシエがやって来て、出店するならなんで声をかけてくださらなかったのですか、と言われました。
来年はボランティアでクッキーや小さなエクレアを作ってバザールに出したいです、売り上げに貢献できると思います、って。」
なんと!
ソフィア達は売り上げを全てどこかに寄付すると決めている。王族が関係していると勝手に寄付は出来ないので、事務方が売り上げを管理し、寄付する手筈も整えてくれる事になっている。
今日も金庫番に1人、事務方が来ていたはずだ。
手間をかけてすまないなと事務方に言った所、ソフィア様のお手伝いをしたい、と希望者が多くてくじ引きになったのだと言っていた。
…ソフィアは人気者である。
バザールでのあれやこれやを話すソフィアの手を握って、俺はソフィアの顔を見つめた。
どうされたのですか?と驚いた顔で聞くソフィアに、俺は言った。
「ソフィアは、皆が幸せを感じる何かをしたい、って前にノートに書いていただろう?体の弱い自分でも出来る事があるはずだから、それを探したいって。
今の話を聞いていて、ソフィアはまた1つ見つけたんだな、って思ったんだよ。ノートに書いたことが1つ叶った。
えらいな。
どんどんと幸せを見つけようとするソフィアは、本当にえらいと思う。
ソフィアはまだまだ探すのだろう?
でも、無理はしないで欲しい。
ソフィアが元気に過ごしているからこそ、皆も幸せなんだからね。」
ソフィアの存在そのものが、皆に幸せを運んでるんだ。
そんなソフィアと結婚した俺は本当に幸せ者だ。
心からそうっている。
ソフィアは俺の手を握り返して頷いた。
「セオドラ様の幸せがあってこそ、わたくしも幸せなのです。」
そうだな、これからも2人で幸せを小さな幸せを探し続けよう。
ソフィアは頷いて、俺の頬にキスをした。
俺は折れそうなほどに細いソフィアを抱きしめた。
俺はソフィアに内緒でこっそりと進めている事があった。
冬の庭に花を咲かせる事。
それを見た皆が幸せを感じるように。
ソフィアの幸せを感じるやりたい事を、俺の手で1つ叶えたかったんだ。
1人では出来ないので、ビクターとアランに協力してもらった。3人で時間のある時に青虫の部屋に籠り風船を膨らませていたんだ。
赤やピンクの風船で花を作り、緑の葉を作った。ビクターがまだまだ足りません、というのでものすごい数になってしまった。
それを夜中にこっそりとルーク、ジェイク、ローリー達と窓から1つずつ狙いを定めて魔力で飛ばし、木にくっつけた。そして目では見えないように1つ1つにシールドをかけた。
結構な手間だったが、誰も文句は言わずに手伝ってくれた。
そして次の朝、目覚めると、偶然にもソフィアの庭は雪景色になっていた。
「ソフィア、起きて。
外を見てごらん。雪が降ってるよ。」
飛び起きたソフィアは、両手を口に当てて、まぁぁ…きれいです!と言った。
外に行きたいと言うソフィアに、先ずは朝食からだよ、と時間を稼ぐ。
ルーク達と時間を決めているのだ。
ビクターとアランにも内緒で集まるようにと王城で働く皆に声をかけてもらっている。
四阿にシールドを張りブランケットや手炙りや温石を用意して準備は整い、約束の時間になった。
ソフィアの庭に緩やかに日が差してきた。
キラキラと雪が輝いている。
ソフィアが四阿に着くと俺はソフィアをブランケットで包み込んだ。
「よく見ていてごらん。
頑張っているソフィアに俺や皆からのプレゼントだよ。」
俺がパチンと指を鳴らすと、風船に張っていたシールドが解けた。
ソフィアの庭は、一瞬で赤やピンクの風船の花で埋め尽くされていた。
「セオドラ様…。私のために?」
ソフィアは泣き出した。
「ソフィア、周りを見てごらん。皆、嬉しそうにソフィアの庭を見ているよ。」
側仕えの者達、パティシエやシェフ達、その弟子たち。ナハド親方達。
ハンナ妃とエリの顔も見える。
トルディオン王子はフィルと笑っている。
ローリーとベラが仲良く並んでいる。
ジェイクは親衛隊員を引き連れて、警護をしてくれている。ジュエルやカーラ達もいる。
ん?あ、あれは?
なぜかルークとマリアンヌが…かなりくっ着いて見ているように見えるのだが…。
気のせいなのか?
「皆、これを一緒に見たくて来てくれたんだ。」
ソフィアは立ち上がって、皆に手を振った。皆も笑顔で手を振りかえす。
「じゃあ、ソフィアが風邪をひかないうちに、フィナーレだ!」
俺がパチンと指を鳴らすと風船が順番に弾け、紙吹雪が舞った。ソフィアはブランケットを脱ぎ捨て、俺の手を取った。
「セオドラ様、シールドの外に!早く、早く!」
陽の光に照らされてキラキラと輝く紙吹雪の中にソフィアは立った。色白の頬をピンクにそめ、白銀の髪は風に揺れていた。
王城の中にいた皆も、走って出て来た。
はらはらと舞い落ちる紙吹雪のなかで、皆は笑い合った。
この幸せな時間がいつまでも続くようにと祈りながら。
第一部 完
第二部は、5、6年後のセオドラとソフィアの物語となります。
どの様な展開になるのか、お楽しみに。
引き続き、セオドラとソフィアの物語を応援していただければ、幸いです。




