秋 5
俺の大叔父上が、トルディオン王子とハンナ妃の歓迎舞踏会を開いていないのはなぜだ、と父上に聞いてきたらしい。
やれやれ、大叔父上は祭り好きなんだな…と思いつつ、父上に言った。
「私はやらなくても良いと思うのですが…。
そうもいきませんね。
主賓のトルディオン王子は子供ですから、日中にガーデンパーティーを開いた方が良いでしょう。そうすれば王子はクラスメイトを招待できて喜ぶと思います。
それに、人前に出るのをあまり好まないハンナ妃も、派手な舞踏会よりはもう少し気楽なガーデンパーティーの方が気も楽でしょう。」
そういう事で、トントンと話が進んだ。
場所は王城の1番大きな庭にした。
今の時期は木々が色付いてとても美しいし、秋の花も満開になっている。庭に大きなシールドを張れば、天気にも左右されず皆も寒くないだろうし、警備もしやすい。
ジェイクに鍛えられていた10人の女性騎士達はこれが初めての仕事になる。ドレス姿で招待客に紛れ込み、警護にあたることになっている。
護るのはハンナ妃とトルディオン王子だ。
何事も起きてはならない。スカーレット国の大事な客人だから、しっかり護ってくれ、と俺は新人騎士達を激励した。
シェフ達もパティシエ達もソフィアの、楽しみにしていますね、の一言で大いに張り切った。
王城お抱えの楽団は、皆が楽しくなる楽曲をよろしくお願いします、とソフィアからにっこりと言われて、今までにない程に連日稽古に励んだ、という。
ガーデンパーティーを開くと伝えた最初の頃、ハンナは俯いて参加したくなさそうにしていたが、エリも参加して良いと伝えたので、少しづつ前向きになっていった。
ソフィアはハンナと共にガーデンパーティ用のドレスを新調した。色々な布地を肌に当て、ドレスのデザイン帖を捲っている内に、ハンナの表情も和らいで来た、とマリアンヌが教えてくれた。
エリも参加するので、新しいドレスが必要だ、とソフィアとアリスが力説した。エリは、アリス殿が作るなら…と言ったそうで、2人揃ってドレスを新調したという。
ハンナ、エリ、アリスのドレスは俺からのプレゼントだ。
エリのドレスのデザインを選んだのはハンナだったそうだ。楽しそうな2人の姿を見て、ベラもマリアンヌもほのぼのとした気持ちになったと、言っていた。
万全の体制でガーデンパーティの日がやって来た。
ソフィアとハンナは白っぽいドレスを身に纏って現れた。ソフィアは瞳の色の菫色の花冠をつけ、ハンナも瞳の色である赤い花冠を着けていた。2人ともとてもよく似合っていた。
ハンナとソフィアの周りはベラ、マリアンヌ、ジュエル、エリ、アリスがそっと取り囲んでいた。
トルディオン王子は通っている王立学院の教職員を招待していた。皆に挨拶をするハンナ妃の斜め後ろにはベラが付いて、話を盛り上げているようだった。ベラの義理の息子も学院の生徒だから、顔馴染みなんだろう。
こんな時にもベラは本当に頼もしい。ソフィアだけでは力足らずの箇所を、しっかりと支えてくれる。ありがたいことだ。
王子は学院の生徒全員を招待し、皆から 'ディオ' と呼ばれ何やら楽しそうに話していた。
王子達は庭を走り回るようにして遊び始めたが、やがてパティシエ達とシェフ達の渾身の料理をすごい勢いでぱくつき始めた。
遠目で見ていて、味は関係ないんだろうな…などとシェフ達には言えない事を俺は考えていた。
トルディオン王子は以前と比べて、かなり体調も良くなったようだ。以前なら走り回る事など考えられなかったに違いない。
ルークの甥っ子、フィルが時折り王子に声をかけて体調を気にしている様子も見える。そして、王子はクラスメイトの誰からも悪い感情を感じないのだろう。10歳の少年らしい笑顔を見せていて、俺達はほっとしたんだ。
俺達は、このまま何事もなくパーティが続くと思っていた。
ところが…
招待客に挨拶をしながらハンナとパーティ会場を回っていたソフィアが、突然立ち止まって声を上げた。その手は通り過ぎようとしたある令嬢グループの1人の腕を掴んでいた。
「今、なんと言ったのですかっ!」
ソフィアの震えるような大声が俺の耳にも聞こえた。
「答えなさい!
今、あなた達はなんと言ったのですかっ!」
「まあ、ソフィア妃殿下…。離してくださいませ。私は何も申しておりませんわ…。」
ささっとベラが令嬢のそばに行った。
「誤魔化してもムダです。私も聞きました。
あなたの口からもう一度、言いなさい!」
そして、閉じた扇子でピシッと令嬢を指した。
「なんと言ったのですっ!」
ベラの鋭い眼光に、令嬢はタジっとなった。
逃げだそうとした他の令嬢達はジュエルやドレス姿の騎士達に取り囲まれていた。
不貞腐れた顔の令嬢は小さな声で言った。
「…赤い瞳は悪魔の瞳…」
ベラが怒って言う。
「そんな小さな声では聞こえませんっ。はっきりと言ってごらんなさい!はっきりと!!」
「赤い瞳は悪魔の瞳、と言いました。」
そう言って、令嬢はハンナ妃の顔を睨みつけるように見た。ハンナ妃は俯いてしまった。
それを見たソフィアが珍しく怒った顔になり、さらに声が大きくなった。
「!あなたは悪魔に会ったことがあるのですかっ!」
い、いえ…と口籠る令嬢にソフィアは続けて言った。
「会ったこともないのに、なぜ瞳の色がわかるのです!」
令嬢は言った。
「でも、皆がそう言います。赤い瞳は呪われた、悪魔の瞳だっ「!!あなたは人の言うことを全て信じるのですか!!」」
ソフィアの顔が怒りで真っ赤になっていた。
「知っていますか?
ある国では、わたくしの様な白銀の髪の女は氷の魔女です。でも、わたくしは氷の魔女ではありません!
別の国では、あなたの様な濃い緑の瞳持つ者は蛇の化身。でも、あなたはヘビの化身ではないでしょう?!
それと同じ事を、あなたはハンナ様に言ったのです!!!
ハンナ様の事を知りもしないのに、あなたは言葉でハンナ様を傷付けたのですよっ!
あなたはなぜ、外見ではなく人の本質を見ないのです!
人の噂だけを信じて、あなたは恥ずかしくないのですかっ!」
すると、どこからともなく拍手が湧き起こり、やがて庭中に響き渡った。
ベラが、半開きにした扇子を頭より少し高く上げ、パチンと音を立てて閉じた。すると、拍手がすうっと鳴り止んだ。
ベラがハンナに礼をしながら尋ねた。
「パール国ハンナ妃。
この者達をいかがいたしましょうか?
煮るも焼くもハンナ様の意のままに…。」
ブルブルと震える令嬢の前にハンナは立ち、令嬢に微笑みかけてその手を取った。
「こんなに大勢の前で叱責されたのですもの。もう充分です。煮るのも焼くのも…必要ありません。
それよりも…
私とお友達になってもらえませんか?色々とお話をすれば分かり合えることもあるでしょう?
私が滞在させていただいている館で、今度、お茶でもご一緒いたしましょう。お友達の皆さんもご一緒に…です。招待させてくださいね。」
また、どこからともなく拍手が起こり、しばらく鳴り止まなかった。
ソフィアが令嬢達に言った。
「あなた達の軽はずみな発言で傷つく人がいます。そして、そんな発言をする事で、あなた達から幸せも逃げていくのです。
ハンナ妃の暖かな心に感謝しなさい。」
また拍手が一段と大きくなった。
母親を案ずるトルディオン王子が慌てて駆けつけた時には、全てが丸く収まっていた。
王子は母の両手を取り、顔を見て言った。
「母上…。私は母上が大好きです!
そして、優しい母上を心から尊敬しています。
このパーティに参加した事で母上も私の様に仲良く出来る友人が増えそうで、私も嬉しいです。
パーティを開いてくださったセオドラ王太子殿下とソフィア妃殿下には、感謝の言葉しか思い浮かびませんね。」
そして、ハンナの手を取ったまま、トルディオン王子は一段と声を大きくして、周りを見た。
「セオドラ王太子殿下、ソフィア妃殿下。
私達をスカーレット国に招いて頂いた事を心から感謝しております。
パーティにいらした皆様。
こんな私と母ですが、これからもよろしくお願いいたします。」
深々と礼をしたトルディオンに女性達が反応した。トルディオン王子は一気にパーティに来た女性達の心を掴んでしまったのだ。
拍手はなかなか鳴り止まなかった。
俺はその間、令嬢の父親が慌てて娘の所に行こうとするのをずっと制していた。令嬢の父親が誰なのか、俺は知ってたんだ。
「しばらく待ってくれないか?ナタヤ伯爵。
ソフィア達は悪い様にはしないはずだ。」
心配気に俺と一緒に様子をずっと見ていたナタヤ伯爵は、鳴り止まない拍手の中で言った。
「我が娘は、いや、その友達も皆、自分は何をしたわけでもないのに伯爵家に生まれただけで人の上に立つ人間だとでも思っているのです。
今日、こうしている事で、少しは学ぶ事ができるでしょう。ソフィア妃殿下とハンナ様に感謝致します。」
令嬢の父親はハンナ妃とソフィアの方に向けて、深々と頭を下げた。俺はその肩をポンポンとした。
ハンナは泣いている令嬢の手を取り、少し離れた椅子とテーブルのある場所へと歩いて行った。他の令嬢達も鼻を啜りながらついて行った。
ソフィア達はその後に続いた。
トルディオンは友達の所に戻り、コロコロと戯れあった後、また料理をぱくついていた。
パーティは続いていった。




