初夏 6
父上はロッシュ宰相と2人で俺を待っていた。
にこやかな2人の顔を見て、父上も舞踏会は成功だと思ったのだな、と分かった。
「ソフィアに素晴らしい参謀をつけたな。ソフィアもよく頑張っていた。疲れが出ないといいな。」
父上はそう言って笑った。
ロッシュも、あのベラ ハーウィック公爵がよく教育係を引き受けましたなぁ、と言った。
「誰にも、側妃だ愛人だ、などと言わせないためですよ。
これからベラが本格的にソフィアの指導を始めます。ソフィアは頑張ってくれますから、ご心配は要りません。」
では、今日はありがとうございました...と帰ろうとすると、父上が待ったをかけた。
「パール国との交渉の事でロッシュが話したいそうだ。どうしても急いで耳に入れたいらしい。
何があった?ロッシュ」
ロッシュはいつになく眉を顰めた。
「パール国から人質として、第3王子が来る方向で話が進んでいる…とルークから聞きました。
第3王子は10歳。元気な王子という事になっていますが、本当は生まれた時から、かなり体が弱い。それは側近の者しか知らない事で、こういう時に使う駒として育てられたようです。
パール国としては、王子を送り込んで体調に大きな変化があった時に、こちらのせいだと責任を追及するつもりではないかと考えられます。
私がなぜ知っているのか、ですか?
みくびってもらっては困りますな。これでもスカーレット国の宰相として長年情報を集めているのです。」
ロッシュはニタリと笑って俺を見た。
「殿下。第3王子の病状をしっかり把握してください。
できるなら第3王子ではない他の誰かをこの国に。
ルークを舞踏会の後、直ちにパール国に送りました。なんらかの情報を手に帰ってくるでしょう。
ルークからの伝言です。
第3王子の病気を見抜けなかったのは、私の責任です。
申し訳ございません…だそうです。
まあ、ルークの責任ではないですけど…。あのルークが見抜けなかった程、パール国は用意周到だという事ですよ。侮ってはいけませんぞ。」
なんで次から次へと問題が起きるんだ…!
俺が苦虫を潰したような顔をしていると父上が言った。
「今夜は以上だ。
ソフィアと2人、ゆっくり休みなさい。」
複雑な気分のまま部屋に戻ると、ソフィアが窓辺に腰掛けて月を眺めていた。
「セオドラ様。今夜も月が綺麗です。2人で一緒に見たくて、お待ちしてました。」
風呂上がりなのに、体が冷えただろう…と言いながら隣に座ると、ソフィアはにっこりと笑って首を振った。
「ベラから知恵を授けてもらいました。
こういう夜は、2人でお風呂に入りたいと、わたくしからお願いするのがいいのだって…。
今、アリスとビクター達が用意をしてくれています。
ですから…。
お願いです。一緒に…。」
俺は頬を染めているソフィアの手を取った。
「そうだな、そうしようか。
でも、一緒に風呂になんか入ったら…俺は…我慢できないよ。
ソフィアは疲れているだろう?体は大丈夫かい?」
「はい。マリアンヌからは…今夜は殿下と素敵な夜をお過ごしください、と言われました。その代わり明日は1日ゆっくりと横になっているのですよって。」
ソフィアは真っ赤になった。
「セオドラ様。……わたくし、恥ずかしいです。
皆に心配されてしまって…。」
そんな事ないさ。
俺達は夫婦なんだから。
俺はソフィアをそっと抱き上げた。
「恥ずかしくなんかないよ。
皆、ソフィアの事が大好きで大事に思っているから、心配して助けてくれる。ソフィアの事を守ろうとしてくれるんだ。皆の優しさに感謝しような。」
ソフィアは頷いて、俺の胸に顔を埋めた。
俺とソフィアの、皆の優しさに包まれた長い夜はゆっくりと流れていった。
それから3日後、ルークが戻って来たと連絡があった。
急いで国王の執務室に行くと、父上、ロッシュ宰相、ルークが待っていた。
しかし、申し訳ありませんでした、と深々と頭を下げるルークの様子が何かおかしかった。
ルークはパール国で見た事を話し始めたが、それはパール国からの人質をどうする、という話から少し外れていった。
パール国に放っている密偵達と会って話を聞いたルークは、パール国の城ではなく離宮へと姿を隠して飛んだ。
そこは城からかなり離れた、離宮というにはお粗末な建物で、第3王子のトルディオンと母親、数人の世話係がひっそりと暮らしていた。
トルディオンは病気というよりは、生きる気力がないような少年だった。食事もあまり食べず、窓から庭を眺めて静かに暮らしていた。
ルークはこの少年が病気を装って何かを企んでいる可能性もあると考えて、パール国の城に戻り調べたが、そんな事はなかった。
トルディオンは本当に生きる気力を失っていたのだ。
トンディオンの母は隣の小国から人質として送られて来た王女で、周りからはその出自のせいで蔑まれ続けた。
生まれて来たトルディオンも母親によく似た外観のせいで異母兄姉たちにいじめられてきた。
それだけでなく、トルディオンは子供の頃から体が弱い。すぐ病気になる。何かをするとすぐフラッと倒れる。
もう、何もかもどうでもいい…。どうせ、自分は何もできないし、どこにも逃げられない。王子といっても名ばかりで、自分はこのままこの国で、虐げられて一生を過ごすしかないのだから。
トルディオンはそんな事を思っている10歳の少年だった。
そんな王子を厄介払いしてスカーレット国に送り、何かあったらスカーレット国の責任問題にしようというパール国の考えははっきりとした。
ですが…。とルークは言う。
「トルディオン王子は、かなり優秀な王子なのです。
王立学院での成績がとても優秀だったので、それでさらにいじめられたようです。体力はないので剣を使う事は出来ませんし、魔力も今の所、あまりない。
今の所、というのはちゃんと魔力を鍛えたことがないようなのです。私が調べた所、母親の血筋は普通の魔力は強くないのですが、特殊な魔力の持ち主が現れています。
精神感能力、人の心を読むことが出来る力です。」
えっ?精神感能力…?
本当にか?
驚く俺達をゆっくり見回して、ルークは頷いた。
ルークは、トルディオンがその力を持っている可能性がかなり高い、と言う。今はまだ、はっきりとは人の心が読めないが、他の人よりは悪意を感じる力が強いのだろう。だから、人の悪意に晒されて、自暴自棄になっている。
「国王陛下、セオドラ殿下。
私は…このトルディオン王子をこの国に受け入れるのがいいと思いました。
トルディオン王子は第3王子ではありますが、正式な王位継承権を持っています。将来的に、パール国の愚鈍とも言える王や王太子、第2王子より、良い国王となりえるでしょう。
我が国でトルディオン王子を育て、パール国を本当の意味での友好国にしませんか?」
「トルディオンが成人したら、我が国が手助けしてパールの国王にする、という事か……」
という俺の質問にルークは頷いて、どうでしょう?という顔をした。俺はしばらく考えて、父上とロッシュに言った。
「私はトルディオンをこの国に受け入れたいです。
将来パール国の王にならなくても、パール国を支える男になってくれるかもしれませんから。
ただ、残されるトルディオンの母親の事が気に掛かります。トルディオンも母親を置いて自分だけパール国から出るのは…と躊躇う事でしょう。
ですから、トルディオン王子が体が弱い事をこちら側が知っている、とパール国に告げ、看病の為に母親もこちらに送れ、と交渉しましょう。
なに、どうせ虐げている側妃です。こちらに厄介払いのつもりで送って来ますよ。
父上、思ったよりもいい交渉になりそうです。
トルディオンをゆっくりと育てていきましょうか。
ルーク、短い時間でよくやったな。」
ルークは真面目な顔で頭を下げて、ありがたいお言葉でございます、と言った後、俺を見てかすかに笑った。
しかし、パール国のトルディオン王子とその母親ハンナ妃がスカーレット国に来る話はなかなか纏まらなかった。
クリムドールと手を組む様な愚鈍な王は、愚鈍なりにゴネ続けたのだ。
ハンナは俺の側妃だ…。スカーレット国には渡さない。
交渉は長々と続いた。




