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王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜ソフィアの庭〜
35/73

初夏 5

 ソフィアはずっと忙しくしていた。

 舞踏会の準備の他に、ナハド達と庭の手入れも続けていたのだが、不思議と体調を崩すこともなかった。


 多分、気が張っているのだろう。


 頑張りすぎないで欲しい。無理はさせたくないんだ。

 何よりも、ソフィアの身体が1番大事なんだ。


 そうは思うけど…。


 俺達はやり遂げなくてはならない…。

 舞踏会を成功させて、ソフィアが妃として立派にやれると証明しなければならない。

 俺達2人には、もう後がないのだから…。

 側妃も愛人も、俺はごめんだ!


 俺はずっとそんなふうに気負っていた。



 王城での舞踏会は主宰である王家、特に妃の立場の者が準備しなくてはならない事がたくさんある。大広間の飾り付け、演奏される曲、出される軽食、飲み物…。実際にソフィアが何かするわけではないけれど、全てがソフィアの責任になる。


 手本となる王妃も他の妃もいないソフィアにとって、公爵家の舞踏会を何度も主催し、過去の王城での舞踏会も経験しているベラは、頼りになる存在だった。


 まずは一緒にやってみましょう、とベラは言ってソフィアに色々と教えていた。


 ソフィアは、まずは舞踏会の実質的な担当者達に直接会いたい、と言ったそうで、よろしくお願いしますね、とソフィアから声をかけられた皆はとても張り切っていると聞いた。


 今までは紙切れ一枚の通達だけだったという事か…。

 ソフィアは俺がいつも言っている '思いは口にしないと伝わらない' という事をちゃんと分かっていたんだ。


 



 ソフィアは舞踏会での女性の苦しい、辛いをなくすために、ベラやマリアンヌ、アリスと色々と考えていた。そちらの方はお茶を飲みながら話も弾んでいたようで、ソフィアは毎晩のように俺に話を聞かせてくれた。


 ジュエルは親衛隊の訓練の合間を縫ってソフィアの元に駆けつけては、ドレスの本など見てため息をついていたらしい。


「私ならこんなピラピラしたドレスは着たくないですね。

 もっと、シャキッとしたのがいいと思います!」


 そんなジュエルに、ソフィアは眉毛を下げて言ったそうだ。

 

「ジュエルは親衛隊の正装で参加するのでしょう?とても残念だわ。

 そうだ!わたくしの親衛隊ができたら、ピンクの可愛い制服にして、ジュエルに着せてあげるわね。

 ピラピラは付けないけど、リボンならいいかしら?」


 ソフィアの冗談にジュエルの目が点になった様子を想像して、俺は腹を抱えて笑った。


 

 ドレス選びは本当に楽しそうだった。


 王家専属のデザイナー達はドレスについてのソフィアの考えを聞いて、とても喜んだという。


「私は胸や腰を締め付けるコルセットや無理やりスカートを膨らませるデザインは、本当は好きではなかったのです。皆さん、他の方が着ているからと無理をされて…。

 あのデザインがお好きな方は良いのですが、そうでもない方が多かったのです。」

 

 デザイナー達はそう言ってソフィアに合うドレスを作ってくれているのだ、と嬉しそうだった。




 ソフィアは男爵家に生まれ育っているから、マナーの基礎的なことは完璧だ。でも、お妃教育は受けていないので、知らない事も多い。


 だから、本格的な社交の基礎をベラから少しずつ学んでいる。難しげな顔をしている時もあったけど、それさえも楽しんでいるのだった。


「だって…。

 わたくしにとって、初めての事ばかりなんですもの。知らなかった事を知る事ができて、わたくしはとても嬉しいのです。」


 そして…。

 セオドラ様、眉間に皺が寄っています、笑ってくださいと、気負っている俺の眉間に指を這わせて言った。


「舞踏会を楽しみましょう!

 そんなお顔をしていると、幸せが逃げてしまいます。

 大丈夫です。初めての舞踏会、わたくし、成功させますから。皆が手伝ってくれるのですもの。成功、間違いなしです!」


 そうだな。そうだった。

 俺とソフィアだけでするんじゃない。頼りになる皆の力を借りているんだ。

 楽しんで進んでいけば、皆が楽しい舞踏会になる。そして、幸せもたくさん見つける事ができるよな。

 

 俺の眉間に伸ばしているソフィアの指をそっと取って、俺は口付けた。




 そうこうしている内に、舞踏会の日が来た。


 舞踏会用にデザイナーが作ったドレスは、胸の下に切り替えのあるエンパイアドレスで、短い袖と長いケープがついていた。

 そのドレスにはソフィアの瞳の色に合わせた淡いすみれ色の小花が散りばめるように刺繍され、花の中心部分にはキラキラと輝く輝石を縫い付けてあった。夜の光に照らされたソフィアは輝く光の中にいるようだった


 白銀の長い髪はハーフアップにして少しカールさせ、今まで皆がしていた大きく髪を結い上げるものとは違い、軽やかになった。


 ベラが、宝石類だけは誰にも負けないモノをつけた方がいい、というので王家に伝わる第一ティアラをつけ、イヤリング、チョーカーもそれと揃いのものをつけていた。


 ほんのりと淡い化粧をして、にこりと微笑む姿は我妻ながら可憐で美しかった。


 俺達の仲の良いところを皆に見せつけるために、ソフィアは俺の瞳の色、サファイアの指輪を選んだ。

 俺はソフィアの瞳の色、アメジストのピアスをつけた。

 …皆が素敵ですというので…満更でもなかった。


 俺の親衛隊、副隊長のジェイクは正装で現れ、俺を見てニヤニヤっと笑った。


「殿下のピアスしてる所を見るの、学生の時以来です!

 あの頃も似合ってましたけど…今日もす、て、き!」


 う、うるせぇ!



 ベラとマリアンヌはソフィアと同じような緩やかなドレスに柔らかな髪型。化粧も控えめにし素顔なのかと思うほどであった。その柔らかな雰囲気の2人がソフィアの後ろに控えていると、3人の凛とした美しさに胸がキュンとしてしまった。


 


 


 そして、時間が来た。


 一段高い場所の真ん中に国王、右に俺とソフィア、左にウィリアムが並ぶと父上が右手あげて、舞踏会の始まりとなった。


 

 俺とソフィアは一段下に降りた。

 普通はそんな事をしないのだけれど、ソフィアが皆と触れ合いたいと言ったんだ。

 ソフィアは挨拶に来た男達には軽く右手を出しておおらかに微笑み、女達には一人一人に声をかけていた。もちろん、ソフィアの後ろにはベラとマリアンヌがひっそりと控えていた。


「何かあったら私が助け船を出します。妃殿下は俯かず、前を見て微笑んでくださいね。」


 ベラが側にいる安心感もあるのか、ソフィアは堂々としていて、頼もしいとすら感じた。



 皆の挨拶が終わり、ダンスの曲が流れた。

 国王がまずソフィアと踊り、途中で俺と代わった。最初の一曲は俺達、主催者だけが踊る事になっている。


 ダンスはソフィアの体調を考えて、この一曲だけを毎日少しづつ練習していたんだ。父上も時折やって来てはソフィアの練習に付き合って、結構楽しそうだった。

 

 まあ、ダンスの息はぴったり、という事だ。


 父上と代わった俺は、俺達の仲を皆に見せつけてやった。

 

 緩やかなワルツを踊りながらソフィアを見つめていた俺は、ソフィアの頬を両手で挟み長い長いキスをしたんだ。キスが終わっても、ソフィアは俺の顔をじっと見続けて、頬をピンクに染めていた。


 まあ、これは練習はしていない。ぶっつけ本番。


 舞踏会でそんな事をした王族は初めてで、周りから騒めきが起こった。そんな事も心地よかった。


 ダンスが終わって2人で戻ると、声も出さずにベラの唇が動いた。


「完璧!」

 

 俺はベラに、ニヤっと笑って返した。


 その後は令嬢や婦人達の会話にソフィアも加わったが、ソフィアの斜め後ろには必ずベラとマリアンヌ、ジュエルが付いていた。

 ベラの鋭い眼光に、下手な質問や嫌味を言おうとする者達が太刀打ちできるわけもなかったし、手出しをしそうな奴をジュエルが見逃すわけもなかった。

 

 最高の布陣。


 誰もソフィアに嫌な思いをさせなかったようだ。

 俺は本当にほっとした。


 舞踏会はこれから夜通し続くが、俺達は早目に舞踏会の会場を後にした。




 自室に戻ると、ソフィアは嬉しそうに微笑んで皆を見た。


「セオドラ様、楽しかったですね。

 皆のおかげです。わたくしに力を貸してくれてありがとう。そして、護ってくれてありがとう。

 ベラ…。わたくしはちゃんと出来たでしょうか?」


 ベラは優しい笑顔で言った。


「初めての舞踏会とは思えないほど、ちゃんとお役目を果たしておられましたよ。

 次の舞踏会を楽しみになさってください。女性達は皆、妃殿下の様に軽やかな出立ちになっているはず。

 マリアンヌさんもそう思うでしょう?」


 マリアンヌはくつくつと笑った。


「はい。何人もの令嬢達が、あのドレスはいいわねと言っているのを聞きました。だって、苦しくなさそうだもの、って。

 妃殿下、やりましたね!」

 

 それを聞いて、ソフィアは嬉しそうに笑った。

 ベラがそれに…と続けた。


「お二人が仲の良いことも皆に見せつけましたからね。もう誰も妃殿下のことをお飾りなどと言いません。大成功です。

 あぁ、私も今夜は久しぶりに楽しい舞踏会でした。


 マリアンヌさん、ソフィア様の体調は大丈夫ですね。

 …よかった。

 では、これからの事はまた皆で考えましょう。

 妃殿下、明日はゆっくりと休んでください。

 今宵はこれで解散ですわ。ごきげんよう。」


 

  

 皆がいなくなった部屋で、俺はソフィアを抱きしめた。


「ソフィア、本当によく頑張ったね。堂々としてとても素敵だったよ。

 ソフィアの '幸せを感じるやりたい事' がまたいくつも叶って、俺もすごく嬉しい。頑張ってくれて、ありがとう。


 疲れただろう?先に入浴して休んでいなさい。

 俺は父上の所にちょっと行ってくる。すぐに戻るよ。」


 頷いて部屋を出るソフィアの後にアリスが続いた。


 ふと窓の外を見ると、赤い月と青い月がいつもの通り輝いていた。

 俺がソフィアと結婚した日と同じだ。

 その輝きは変わらない。いつまでも。

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