表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜ソフィアの庭〜
34/73

初夏 4

 俺はソフィアの教育係をベラにお願いする事にした。

 意外にも、ベラはすんなりと承諾してくれた。


「私でよろしいなら…お役に立ちたいですわ。」


 ベラはそう言って、艶やかに微笑んだ。

 

 俺とルークは何となくベラの気持ちが分かった気がした。

だって、ソフィアの側にいれば、ローリーとの距離も少し近くなるかもしれないじゃないか。


 ベラは噂と違って、本当に可愛い女性だったんだ。




 初めてベラに会った時、ソフィアが緊張していると側から見てもよく分かった。ベラの存在感に圧倒されてしまったのだ。

 

「妃殿下。ベラ ハーウィックでございます。

 可愛らしい妃殿下ですこと!セオドラ殿下が大事になさるのも分かりますわ。

 そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ、妃殿下。

 まずは殿下と妃殿下、私の3人で少しお話でもいたしましょうか。」


 ベラは俺達をソフィアの庭の四阿に誘った。


 四阿の周りには、暖かな風に乗ってラベンダーの匂いが漂っていた。

 

「まあ、素敵な匂い…ラベンダーですね。妃殿下はラベンダーの花言葉をご存知ですか?」


 ベラがそう尋ねると、沈黙…だったと思います、とソフィアが答えた。ベラはにっこりと笑った。


「よくご存知ですね。ですが、他にもあるのですよ。

 幸せが来る…です。

 妃殿下は先日、皆に幸せを感じて欲しいと、ここでガーデンパーティーを開かれたと聞きました。きっと、このラベンダーの匂いも、皆が幸せを感じるお手伝いをしてくれたことでしょうね。」


 すると、ソフィアは嬉しそうに微笑んで、俺の顔を見た。


「はい。皆、とても喜んでくれました。だから、わたくし達もとても幸せな気持ちになったんです。ね、セオドラ様。」


 ああ、そうだったね、と俺は頷いた。


「わたくし、子供の頃から幸せを感じるやりたい事を見つけて、それを叶えようと少しづつ努力をしているのです。

 でも、わたくしの身体は思うようにはならなくて、なかなかやりたいことは出来ません。

 今回のガーデンパーティーでは皆に手伝ってもらってたくさんのやりたい事が叶い、わたくしはとても幸せでした。

 きっとベラ先生のおっしゃる通り、ラベンダーの匂いも手助けしてくれたのだと思います。」


「幸せを感じるやりたい事…素敵ですね。」


 ベラはソフィアの顔を見て、ほんの少しだけ考える素振りを見せた。


「妃殿下。私は貴女の社交についての教育係だそうです。

 でも私は何かをお教えするのではなく、幸せを感じるやりたい事を見つけて叶えていく…その仲間になりたいと思います。」


 よろしいでしょうか、と尋ねるベラにソフィアは大きく頷き、よろしくお願いします、と答えていた。


「では私は妃殿下の仲間に入ったのですから、私の事はベラ先生ではなくてベラと呼んでくださいね。」


 それでは…とベラはソフィアに社交界についてどんな事を知っているのかと聞いた。


「私は妃殿下に、このスカーレット国の社交界で1番大きく美しい花になっていただきたいのです。まずは、妃殿下の知っている社交界の事をお聞かせください。」


 ソフィアは、ほとんど知らないです、と言ったが、あ!とベラを見た。


「わたくしの姉は王城の舞踏会から帰ってくると、いつもぐったりとしていました。ドレスのウエストをギュギュッと締めるので息が出来ない、髪も大きく結わなくてはならないから辛いと言っていました。

 わたくしが姉に、そんな格好しなければいいのに…と言うと姉は、こうするものなのよ、皆そうなんだもの、と言ったのです。

 そんな辛い舞踏会ならわたくしは行きたくない、きっと行っても幸せじゃないと思ったのを思い出しました。


 わたくしの知っている社交界…はそれだけです。

 きっと、もっともっと大切な事があるのでしょうけれど…」


 妃殿下、いいですわね、とベラは言った。


「何も知らなくていいのです。

 今までの古い考え方から変えていくために、妃殿下は古い社交界など知らなくていい、と私は思います。

 妃殿下の思うような社交界にすればいいのです。


 そのための第1歩。

 妃殿下は今、こうすれば皆が幸せを感じる…という事を見つけましたね。何かわかりますか?」


「皆が舞踏会を楽しめるようにする事でしょうか?」


「そうです!

 妃殿下ができることは何でしょう?」


「舞踏会での女性の苦しい、辛いを減らす事!」


「そうですね。それを目指しましょう!

 それでは、改めて…。

 今見つけた妃殿下の幸せを感じるやりたいことは?」


「舞踏会で皆が楽しめるように、女性の苦しい、辛いを減らす、です!」


 ベラはソフィアに柔らかな微笑みを送り、大きく頷いた。

そして、俺を見た。

 

「セオドラ殿下。

 殿下は社交界に流れるあの噂を払拭したいとお考えなのですよね?

 それではまず、王城で舞踏会を開きませんか?

 ご結婚の時も妃殿下のお披露目はされていないので、お披露目の舞踏会です。王族と上位貴族だけを呼ぶ、小規模の舞踏会。

 そして、お2人の仲が良い事を皆に見せつけましょう!

 まあ、小手調べですね。妃殿下に舞踏会に慣れて頂くのです。いいと思いません?

 妃殿下の事はお任せ下さいませ。」


 どうするのだ、と聞くとベラは笑った。


「簡単な事ですよ。

 王妃のいない今、妃殿下はこの国の社交界のトップ、絶対王者…いえ、絶対女王ですもの…。

 ほんの少しの頑張りがあれば、大丈夫です。」


 ベラは鈴のような声でころころと笑った。


 セオドラ殿下は舞踏会の日程などを決めてくださいませ、と言われ、俺はふむと頷いた。


 そんなものなのか…と半信半疑の俺の横で、ソフィアはベラと楽しそうに舞踏会の話しを始めていた。




 

 2人を眺めながら、俺はベラの事をローリーに聞いた時の事を思い出していた。


 ローリーにベラがソフィアの教育係になる事を、俺から直接伝えたかったし、色々知っておきたかったんだ。だから、ローリーを執務室に呼び、人払いをして2人きりで話した。


 ベラとローリーの事を知りたいと俺が言うと、ローリーは片方の唇の口角だけをクイっと上げたあと、ため息をついた。


「殿下も物好きですね。私が婚約者に捨てられた昔話を聞きたいのですか?

 いいですけど…よくある話でつまらないですよ。」


 でも、その話はつまらなくはなかった。


「俺達は親同士が友達で、子供の頃からの付き合いでした。ベラは俺より2歳年上だけど、3人の兄貴達より俺の事が好きだって言って…俺が16歳になったら結婚しようって約束しました。ベラの男爵家を俺が継ぐと決めていたんです。ベラには妹が1人いるだけだったんで、それがいい、って親達も喜んでくれましてね。

 

 ウチもベラの所も男爵という爵位はあったけど、体裁を保つのが精一杯で…。

 そんな暮らしから抜け出すために、バカなベラの父親はギャンブルに嵌り、大損をしました。


 俺は爵位を返上し、平民になって暮らすしかないって思いましたよ。俺とベラはそれでも良かったんです。貧乏だって、平民だって、2人で暮らせたら、それでよかったんです。


 なのに…あの公爵がそこに目をつけて、ベラの父親に声をかけた。借金を肩代わりをするから、ベラを後妻に…ってね。ベラは、たぬき親父に攫われて行きました。


 ベラが結婚する前に2人でこっそり会いましたが、15歳だった俺はまだウブで、何もできなかった。ただベラの手を握りしめて、泣いていただけでした。

 ベラは俺に、何度も何度も何度も、ローリーごめんねって。そして…別れ際に、私を忘れて幸せになってね、ってキスしてくれました。


 それからしばらくして、ベラの妹に偶然会って…。

 ベラは公爵の親類からも使用人からも虐められている、と妹は泣いていました。でも、俺はベラに何もしてあげられなかった。助けにも行けなかった。それどころか、公爵の家に近づく事も出来なかった。家令達に暴力を振るわれて追い返されたんですよ。


 俺は、この世の中は金が全てだ、ってその時思ったんです。そして、俺は殿下の知っている通りの、しょうもない男に成り果てました。


 ベラの夫の公爵はその後亡くなり、ベラが公爵を継ぎました。何をどうやって後を継いだのか、俺は知りません。


 でも、ベラの本質は変わっていないと思いたいです。

 ベラはとても優しくて、愛情あふれる女性です。そうでなければ、実家の男爵家のことなんか放って置いたでしょう。たぬき親父のところに嫁いだりしないで、俺と逃げたでしょう。でも、そうしなかった。

 ベラは男爵家も妹も、俺の事も守ってくれたんです。俺と逃げても公爵に捕まって、もっと酷いことになるって分かっていたから。

 

 ルーク殿にベラの事を聞かれた時も、そう答えました。

 心優しい、愛に溢れた女性です、と。


 殿下、俺達はそれだけです。」


 ふ〜ん、そうなんだ…。


 何が虚で、何が実なのか…。

 俺にはわからないけど…。


「ローリー、辛い話をさせたな。

 聞かせてくれて、ありがとう。」


 俺はしばらく机に頬杖をついてローリーの顔を見た。


 そして、なあ、ローリー…と俺は声をかけた。


「父上から内々にローリーに話しておいて欲しいって言われてる事があるんだけどさ…。

 お前、もう直ぐ名誉男爵の爵位を賜るよ。これは結婚の話や養子の話と違って、断れない。

 お前の下で働く準騎士団の皆のためにも、お前がどんどん上に行くのはいいことだろう?誠心誠意働けば、お前みたいに上に行けるって目標になるからさ。


 それに名誉爵位なんだから、ローリーの働き次第で、もっともっと上に行けるよ。行ってくれよ。


 父上もそう願っている。

 ますます励め、と父上からの伝言だ。」


 はっとしたローリーは片膝を着き、右手を左胸に当てて、頭を垂れた。


「もったいないお言葉でございます。

 これからも誠心誠意お仕えいたします。」


 ゆっくりと立ち上がったローリーは、失礼します、と俺の執務室から出て行こうとしたけれど、一度だけ振り返ってこう言ったんだ。


「ベラは俺の手が届かない所に行ってしまったんですよ。

 ベラは公爵です。たとえ名誉男爵の称号を賜っても…もう俺には見向きもしないでしょう。」




 その時、俺は何も言わなかった。

 だけど、ベラと四阿で最初に会った時、ルークが帰り際にこう言ったんだ。


 ベラ殿は、今でもローリーを想っているのですね。


 ルークがローリーの名前を出した時、ベラの鎧が一瞬だけ消えたと言ったんだ。


 確かにベラは1度も夫が好きだったとも、愛していたとも言わなかった。それが本当の事だったから。

 ローリーの事も話さなかった。きっと、1度口にすると想いが溢れてしまうから。


 ローリーは山の様に舞い込む結婚の話にも、養子の話にも見向きもしないでいる。悲しい初恋が忘れられず、全部断り続けているのだろう。


 ローリーとベラ。

 2人が想いを伝え合う日はくるんだろうか…。




 俺はそんな事を思いながら、楽しそうに舞踏会のことを話すソフィアの手を握った。ソフィアと2人でローリーとベラに幸せが来る事を祈りたかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ