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王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せを見つけるまで〜  作者: 雪女のため息
〜ソフィアの庭〜
33/73

初夏 3

 それから程なく、俺はソフィアの元に2人の女性を呼び寄せた。


 1人は護衛係として呼んだ、ジュエル シュメール。


 ソフィアのために女性の護衛が必要になると考えた俺の頭に、真っ先に浮かんだのがジュエルだった。


 あれはまだ俺が飲んだくれになる前の出来事だった。


 ジュエルは社交界デビューの舞踏会に、男装し剣を腰に差して現れた。皆の度肝を抜いた男装の美しい令嬢は、北の辺境に領地を持つシュメール伯爵の娘だった。

 

 ジュエルの周りを男も女も取り囲んで、ぜひダンスを…と騒いでいたが、本人は全くその気はない感じだった。


 1人の男がジュエルの腕を取ろうとして、投げ飛ばされたのを俺は目撃したのだが、実に鮮やかで、その後の対応もなかなかのものだった。


「おや、足を滑らせましたか?

 誰か…手を貸して控室に連れて行って差し上げなさい。

 これからは…お気をつけなさいませ!」


 そう言うと、ジュエルは男の顔をギロリと睨んでから、ニヤッと笑ったのだ。男は青ざめて何度も頷いていた。


 その事を覚えていた俺はジェイクに頼み、シュメール領まで行ってジュエルと会って来てもらった。


 どこかに嫁いでいたら諦めるしかないか…と思っていたが、ジュエルはシュメール領で武芸に励んでいて、騎士になるという夢を捨てられずにいると語ったそうだ。父親のシュメール伯爵も本人の好きな道に進ませたいと話したという。


「剣の腕も立つし魔力も強い。明るくて人柄もいいです。

 一度王都に呼び、妃殿下との相性をみてください。その上で、殿下がお許しくださるなら、親衛隊に入隊させ鍛えたいと思います。」


 ジェイクはソフィア妃殿下とも、きっと馬が合うでしょう…と言った。


 女性騎士の育成を進めるためにも高位貴族の令嬢であるジュエル嬢は必要だ、というルークの意見もあり、ジュエルを王都に呼びソフィアに会わせた。


 ジュエルは赤毛を短く切り、男装でソフィアの前に現れた。


 右手を左胸に当てて首を垂るジュエルを見て、ソフィアは大きく眼を見開いた。


「ジュエル シュメールでございます。

 騎士となり、妃殿下をお側でお護り出来ればと思います。」


 ジュエルの手を取ったソフィアはその手をブンブンと振って、よろしくね、ジュエル!とにっこりと笑った。

 




 もう1人は、教育係としてベラ ハーウィック公爵。


 悪魔のような女…という噂を身に纏う公爵で、夫である前公爵が亡くなった後、公爵の地位を継いだ女性だ。


 ルークが、教育係はこの人しかいないでしょう、と強く強く推した。


「噂を忘れて、殿下の眼で公爵を見てください。」


 ルークにそう言われて、庭の四阿でルークと共にベラと会った。


 四阿で待っていたベラは、立ち居振る舞い、言葉使い、全てが完璧だった。


 淑やかにカーテシーをしたベラは、扇子を音もなく広げて口元を隠した。


「殿下。なぜ私をお呼びになりましたの?」


 ダークブラウンの瞳で真っ直ぐ俺を見る眼差し、後れ毛もなく結い上げた黒髪、濃いめの化粧、相手を威圧するような雰囲気。


 そんなベラと暫く話をすると、ベラはパチンと音を立てて扇子を閉じた。


「もしかして…私を妃殿下の教育係にでもなさりたいので? ありえませんわ!私の黒い噂は殿下もご存知でしょう?」


 真っ赤なルージュを引いた唇の口角をゆっくりと上げ、ベラは立ち上がった。


「それでは、失礼致します。ご機嫌「ベラ殿の事はローリーから聞いています。だから、もう少しだけ…殿下と話していただけませんか?」」

 

 ルークの言葉にベラが固まり、やがて、すとんと腰を下ろした。


「ローリーは…私の事を…どういう風にルーク殿に話したのでしょう?さぞかし……。」


「心優しい、愛に溢れた女性だと言っていましたよ。」


 ベラはゆっくりと俺を見た。


「殿下も、ご存じだったのですか?

 私がまだ若かった頃、ローリーと婚約していたこと…。」


「…えっ?

 いいや、何も知らない。誰からも何も聞いていない。無垢な状態でベラ殿にあって欲しいとルークに言われただけだ。」



 何度か舞踏会でベラと会ったことがあり、なんと美しい人なのかと思った。

 歳の離れた夫と仲睦まじく挨拶に来ていた記憶もある。

 悪い噂を聞いた事もある。

 

「それだけだよ。

 ベラ殿がどんな女性なのか、本当の事は何も知らない。

 だから今日、ベラ殿がソフィアの教育係に相応しい女性なのか、会って話したかったんだ。」


 ベラはしばらく俯いていたが、ゆっくりと顔をあげた。


「亡くなった夫と結婚する時に、夫に言われたのです。


 これからは目に見えない鎧を纏いなさい。その鎧がお前を護る、唯一の武器となる

 その鎧は学ぶ事で身につく。マナーも教養も、上位貴族の妻としての在り方も…。全てを学んで見に纏い、私の隣に立ちなさい。周りに何も言わせない、絶対的な鎧を身につけるんだ。

 私が全力でお前を支えるから…と。


 セオドラ殿下は…私の夫が、私を支えて授けてくれた鎧を…妃殿下にも纏わせようとなさっているのですね。」


 俺は頷いた。


「わかりました。

 妃殿下のために私の事をお知りになりたい、というのなら、お話しいたします。

 でも、私はローリーとの事は話したくありません。今はローリーと私の事は関係ありませんもの。」

 

 そう言うと、ベラは青空に輝いている赤い月と青い月を見ながら話し始めた。





 ベラは男爵家の長女で男爵家を継ぐ事になっていたが、父親がギャンブルに嵌った。


「穴を埋めようと、父が焦れば焦るほど借金が膨らんで…もうどうしようもなくなって…。よくある話です。」


 ところがベラの父親は、ベラの知らない間に、勝手にハーウィック公爵とベラとの結婚を決めて来た。借金は公爵が全て肩代わりするのだ…と父親はベラに言った。


「私は17歳で、夫は45歳でした。

 夫は私をどこかで見染めたようで、そんな話がある前に一度だけ控え目な手紙と花束を送ってくれましたが、私に結婚を強いたりはしませんでした。それを、父が…。


 私はお金で買われたのだと思いました。そうとしか考えられなかったのです。

 でも、違いました。

 男爵家の借金など公爵家からすれば…ほんの端金。私の結婚の支度金だったんです。


 歳の離れた夫で申し訳ない。お前には不自由はさせないよ。困った事があったらなんでも躊躇わずに言って欲しい。お前は私の掌中の珠なのだから。


 夫はいつも私にそう言って…。

 

 夫は私を優しく包んで愛してくれたのです。

 周りは私が夫を誑かしたのだと噂しましたけれど、夫は気にするな、鎧を纏えと私に言いました。」


 夫の前妻は何年か前に亡くなっていて、男の子が1人残されていた。学ぶ事は大変ではあったが、辛くはなかった。夫は優しく、義理の息子は可愛かった。

 でも、夫の親族はベラを快くは思わなかった。様々な嫌がらせを受けたが夫が護ってくれた。

 だが公爵は病気がちになり、皆が悪い噂を信じ始めた。


「やがて夫は治療の甲斐なく亡くなり、私は夫を呪い殺した悪魔のような女と言れるようになりました。


 夫は遺言書を残してくれていました。そこには、息子が成人し公爵を継ぐまでベラに公爵を継がせる。そして、ベラには公爵名義の王都にある家や装飾品などを遺産として渡す、と書いてありました。


 それですらも私が公爵に魔術をかけて書かせたのだと言われましたが、私は息子を一人前の公爵として育てるためなら、悪女と言われても構いませんでした。


 言いたい人には言わせておけばいいのだ、と夫に言われた事があったのです。

 噂はその内、消えるんだよ、と。


 でも…なかなか消えませんね。

 

 息子は来年、成人し公爵の名を継ぐことになります。領地の事もよく理解しているので、良い領主となるでしょう。


 実は、遺言と共に私に宛てた手紙が1通残されていました。

 詳しい内容は言えませんが…愛している、感謝している、ありがとう、という言葉が並んでいました。そして、最後に…息子に爵位を渡したら自由に生きろ。それまでは申し訳ないが我慢しておくれ…と。」


 ベラは眼に涙を浮かべていた。


「自分は夫にお金で買われたのだと思って始まった結婚でしたが…その手紙を読んで、本当に夫に愛されていたことに改めて気が付きました。」


 ベラは俺達を見て、微かに微笑んだ。


「…申し訳ございません。話しすぎました。」


 ベラは大きく息を吸い、俺達を見た。


「私の話はこれぐらいです。

 私を妃殿下の教育係にとお考えなら、夫の親族や公爵家の家令、社交界の貴婦人方などにも話を聞いてください。

 別の角度から私の事を話してくださるでしょう。」


 ベラはしばらく二つの月を眺めていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、扇子を音もなく広げて口元を隠した。

 

「それでは、王太子殿下、ルーク殿。

 ごきげんよう。」


 ベラは優雅に四阿を去っていった。後には爽やかなローズの香りが漂った。

 

 俺とルークはしばらくの間、四阿から動けなくなった。まるで魔法にでも掛けられたようだった。


 やがて、ふう〜と大きなため息をついたルークが俺を見た。


 どうです?

 ベラ殿は…ベラ殿の鎧は完璧でしょう?

 鎧の下の本当の姿は誰にも分からないですけど…


 そんな顔をルークはしていた。


「決まりだな…。」


 と俺は言った。


 どこが虚で、何が実だったのか…

 完璧な鎧だった。


 純真無垢なソフィアの教育係に、あれほどぴったりの女性はいないだろう。


 執務室を後にするルークの後ろ姿を見送りながら、ソフィアはあの話術を身につけるようになるのか…などと俺は考えていた。

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