初夏 1
第4章〜ソフィアの庭〜 では、ソフィアが王太子妃として、仲間と共に少しづつ前に進んで行きます。
頑張るソフィアを応援していただけたら、幸いです。
本日は2話投稿です。
よろしくお願い致します。
りんごの花祭りから帰ってしばらくしたある日、ソフィアは俺に相談があると言った。
青虫の飼育を手伝ってくれたビクターとアラン、庭仕事でお世話になっているナハド達、常日頃自分の周りにいる皆にお礼をしたいのですが…と。
こういう風にしたいのですけれど、セオドラ様、どうでしょうか…と聞かれた 'お礼' の内容に俺は思わず微笑んだ。
ソフィアは自分が手入れを手伝っている庭の四阿あたりにテーブルを並べて、お菓子と飲み物を皆に振る舞い、小規模なガーデンパーティーをしたいと俺に言ったんだ。
なんだか、小さな 'りんごの花祭り' の様でソフィアらしい。
「わたくしは皆にお礼を言いたいですし、皆に小さな幸せを感じて欲しいのです。そして皆が喜ぶ顔を見て、わたくしも幸せを感じたい。
ですから…わたくしは…皆で食べるクリームパフを自分で買って来たいと思います。
わたくし…やれる気がします!
やらせてください!」
確かにソフィアの体調は良くなっている、と俺も思う。
りんごの花祭りに行った後も体調が崩れる事もなかったし、庭仕事のない時も王城の庭をよく歩いていて、疲れた様子も見せない。
そんなソフィアに医者は、街に行くなら魔力で連れて行ってもらうか、馬車で行くのが良いと思いますと言ったのだが、ソフィアは頑なに首を振った。
「わたくしは自分の足で街に行き、自分で買いたいです。
ダメでしょうか?」
医者は困った様に微笑み、必ず途中で休憩を取る、という条件付きで許可を出した。
医者はソフィアの手を取り優しく言った。
「妃殿下、焦ってはなりませんよ。
何事も焦らずに前に進むのがよろしいのです。
わかっておられますよね…?」
唇を噛み俯くソフィアに医師が、そうだ!と明るい声をかけた。
「私の娘、マリアンヌを従者の1人に加えていただけませんか?
医学の勉強に隣国アズールに行っていたのですが、先月勉強を終えて戻って来たのです。最新の医学を身につけておりますので、妃殿下のお役に立つのではないか、と思います。」
王太子殿下、妃殿下、ご検討ください、と言われてその場を後にした俺は、早速、医師の娘を呼んだ。
マリアンヌはソフィアより少し年上に見える、明るく優しい雰囲気の女性だった。
「妃殿下の病状については、父より詳しく聞いております。お許しいただければ、私がしっかりとお側に付き、医学的観点から妃殿下をお護りいたします。」
ソフィアは優しげな雰囲気のマリアンヌに、会った初日から打ち解けていた。キラキラとした眼でマリアンヌと話すソフィアを見て、俺はやっと気がついた。
ソフィアには同じ年頃の友がいない、という事に…。
少し体の調子の良い今が友を作る良い時期なのだろう。
マリアンヌの父、ロクシー バーロンド医師は侯爵家の4男だが、爵位の権利はさっさと放棄して医学の道へと進み、王立病院の院長になった男だ。今はその功績で、領地を持たない名誉侯爵の称号を与えられている。
王太子妃の側に侍る者として、侯爵令嬢の肩書は申し分ない。
ロクシー医師はそれを踏まえて、マリアンヌを紹介したに違いない。その配慮に俺は感謝し、すぐに礼状を送った。
ロクシー医師からは、丁寧な返書が来た。
"妃殿下はお元気そうに見えますが、今の医学では妃殿下の病の完治は難しい。くれぐれも無理はなさらないように、王太子殿下も見守って差し上げてください。"
わかってる。無理はさせない。
でも、俺は愛するソフィアに辛い思いもさせたくないんだ。
ソフィアの部屋から王城の門まで15分。そこからお目当てのケーキ屋まで、ソフィアの足だと30分。歩く時間だけで、片道45分になる。
それでも俺はソフィアが '幸せを感じるやりたい事' のノートに、最初に書いた事、クリームパフを自分で買いに行く、をどうしても、今、叶えさせてやりたかった。
なぜ?
俺は父上にある事を言われていたから。
だから、どうしてもソフィアには自信をつけて欲しい、と思っていた。
'りんごの花祭り' より前、俺は父上から居室に呼ばれた。
父上に呼ばれた理由はわかっていた。ソフィアの事だ。
王太子妃であるソフィアには本来なら公務に携わってもらわねばならない。社交の場に出るのが '妃' と呼ばれる者の務めだ。これまでは体の調子を言い訳にしてきたが、それもそろそろ限界…だろう。
王妃であった母上は、ウィリアムを産んでまもなく亡くなった。父上は後妻を娶ったが、その義母も子が授からないまま数年前に亡くなっている。それ以降、父上は正妃はおろか愛人も作っていない。
つまり…
スカーレット国の社交界は今、女主人不在で、ほとんど機能していない、という事だ。社交界は、外交の要ともいえる大事な場所でもあるのに…。
今のスカーレット王国にとって、ソフィアの存在はかなり大きいんだ。
…わかっている。
父上の部屋を訪ねると、父上は窓から夜空に輝く大きな赤い月と青い月を眺めていた。その後ろ姿に微かな老いを見て、俺はほんの少し戸惑った。
「…父上、何のご用でございましょう?」
父上。仰りたい事はわかっております。
でも、俺は…妻を社交界の毒牙で傷付けたくはありません。可愛いソフィアは、あのまま…そっと…。
そんな言葉を飲み込んで、ゆっくりと振り返る父上を見た。
「パール国との話し合いはどうだ?
上手く進んでいるか。」
パール国との話し合いは揉めていたが、ほぼ解決だ。クリムドール家と手を組み、この国を乗っ取ろうとしたパール国を許す訳にはいかない。
「賠償金を毎年支払わせます。それとパールの王族を1人、人質としてここに送ってくる事になりました。人選はこれからです。
色々とご心配をおかけ致しましたが、もうすぐ、最終報告ができる予定です。
…で?ご用件は?
パール国との交渉内容がお知りになりたかったわけではありますまい。」
父上は口篭った。そして、言葉を選んで言った。
「私に…縁談が来た。叔父上からの話だ。」
…えっ?
父上の叔父、俺の大叔父上はこう言ったそうだ。
このままでは外交に支障をきたしかねない。早急に社交の場をなんとかしろ!王太子妃が何もできぬのなら、お前が結婚し、新王妃に社交の場を取り仕切らせればよかろう。
そう言って見合いの話を持って来た…と父上は大きなため息をついた。
「心配するな。断った。
今更妻を娶り、王妃の役を担ってもらっても…揉めるだけだ。叔父上も本気で私を結婚させようとは思っていないよ。
ただ…。」
ソフィアが王太子妃としての仕事をこなせないなら、考えなければならない、と父上は言った。
弟のウィリアムに妻を娶らせる…というのは今は無理だ。シェリル クリムドールとの事がまだ尾を引いている。俺の力になるために諸外国を見て周り、視野を広げたいと言っているウィリアムは結婚など考えたくもないだろう。
「ソフィアが王太子妃としての公務を務められるようにしなさい。
そうでなければ…お前が側妃か愛人を作り、その任をさせねばならなくなる。今までの歴代の国王達はそうして社交界を外交の場として利用して来たのだから…。
私はお前がソフィアを大事に思う気持ちをよくわかっている。だが、周りはそう思う者ばかりではないのだよ。」
そう父上は言った。
側妃?愛人?
冗談じゃない!あり得ない。
でもきっと、俺とソフィアには、もう後がないのだろう。
「父上、ご安心ください。大丈夫です。
ソフィアなら立派にやれますよ。ただ、もう少しだけ時間の猶予を。準備もありますので。」
ぐるぐると回る目眩にも似た感覚を耐えながら、俺は父上の居室を後にしたのだった。
この後、もう1話投稿いたします。




