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本日、2話目の投稿です。
庭の花の世話、虫の世話…忙しくしていても、ソフィアはゾーイの事を忘れてはいなかった。
ソフィアがゾーイ様の事はまだ分かりませんか、って聞いてきた。それで俺は時間を作り、2人で四阿に行って話をする事にした。
四阿に吹く風がほんの少し涼しくて心地よい昼下がり。
俺が温かい薬草茶を淹れると、ソフィアは嬉しそうな顔をして飲んだ。以前ビクターとアランから特訓してもらって、薬草茶を入れるのは得意なんだ。
そうやってソフィアの心を少しほぐしてから、俺はゾーイに起きた事を話し始めた。もちろん、本当の事は言えない。ゾーイがソフィアの身代わりになって毒針を刺された、なんて言えるわけない。
だから、村の皆が信じている方の出来事を話した。馬車の事故で頭を打って、昔の記憶がなくなった…って。
そして、俺が本当は知ってる事も知らないという事にした。
「えっ…?
ゾーイ様は…セオドラ様の事もわたくしの事も分からないのですか?」
しばらく俯いていたソフィアは、泣き出してしまった。
「おかわいそうに…。
昔の楽しかった記憶も消えてしまったのですね。」
「ああ、伯爵令嬢として華やかな時間を過ごした日々は覚えていない。」
アレックスと2人で逃げた事も、薄紫のマントを身につけて街を守ったり、俺達の命を助けたりした事も記憶から消えている。でも…。
「でも、今、あの2人は息子のゼノンと静かな暮らしをして、新しい記憶を積み重ねているよ。毎日を楽しんでいる。
ソフィアが知りたかった "なぜ" は、もう誰にも分からない。
この国のために2人が戦ってくれたおかげで、俺達は幸せに暮らしている。だから、アレックスとゾーイにも今のまま、静かで幸せな日々を過ごして欲しい。
これが俺が調べさせてわかった事、全部だよ。
ソフィア、これからどうしたい?」
少しだけ考えていたソフィアは、ゾーイ様に会ってお礼が言いたいです、と言った。
そして、ほんのちょっと…目が泳いだ。
うん、やはり何か隠してる!
俺はこういう事に1番慣れている男に、こっそりと聞いておいたんだ。
「なぁ、ローリー。
隠し事をしている女にさ、何を隠してるのか白状させた事…ある?」
ローリーは目をまん丸にし、それはそれは…大変ですなぁ、殿下、と笑いを堪えているのか肩を振るわせた。
そして…簡単ですよ、と聞き出し方を教えてくれた。
最後にローリーは俺に抱き付かんばかりに近寄り、耳元で、頑張れ、殿下…!と囁いて、俺の耳にふう〜っと息を吹きかけた。
「ロ、ローリー!」
へにゃっ…となりそうな俺を置いて、ローリーはニタ〜っと笑ったまま消えて行った。
目が泳いでいるソフィアに、俺はローリーに言われた通りにしてみた。
こっちにおいで…と言ってソフィアを抱きしめ、囁く。
「悲しい思いをさせるね。ごめんね。辛いだろ?
ソフィアが悲しむ顔を、俺は見たくないんだよ。
だから、俺に聞いて欲しい事があるなら、言ってごらん。なんでも受け止めるよ。」
そんな事を言葉を変えてソフィアの耳元で繰り返し囁き続けると、ソフィアが目を潤ませて俺を見たんだ。
「だって…。セオドラ様は…。」
ん?
「…もう、いいですっ!」
ソフィアは俺の腕を振り切って、部屋に帰ってしまった。
ん?
んん?
…えっ?
四阿で冷え切った薬草茶を飲み干して、俺はゆっくりと部屋に戻った。
ソフィアは頭からブランケットを被り、ベッドに横たわり泣いていた。何があったのか、とオロオロしているアリスに、目で大丈夫だよと伝えて人差し指を振り、人払いをした。
「ソフィア、顔を見せて。」
ブランケットをそっと捲ると、ソフィアが涙で頬を濡らしていた。
「セオドラ様…。わたくし………。」
「話してごらん。俺を、お前の夫を信じて。俺は全てを受け止めるよ。」
ソフィアはしばらく泣いていたけれど、少しづつ話してくれた。
最初は薄紫の守護神に憧れた。その憧れた人がゾーイだと知って、会って話がしたくなった。でも、ゾーイの手がかりは何もない。だから、何かわかるかもしれないと、隠し部屋に連れて行ってもらった。
そうしたら……。そうしたら…。
「セオドラ様は…あいつはこんな所を知ってたのか。俺には教えてもくれなかった、っておっしゃった…」
ソフィアは、その時改めて気がついた。
ゾーイが子供の頃から俺の許嫁で、この城で俺と一緒に住んでいたのだ、と。
「ゾーイ様は…わたくしの知らないセオドラ様を知っていたのでしょう?」
あぁ、そうだね。
「そして、セオドラ様はゾーイ様を愛していらしたのでしょう?」
うん、そうだった。
「だから…。」
だから?
「わたくしは…ゾーイ様がどんな方なのか、もっと知りたい。
セオドラ様が愛した方が、どんな女性だったのか…。
セオドラ様は、ゾーイ様のどこがお好きだったのか…。
ゾーイ様のどんなところを愛しておられたのか…。
知りたい…。知りたいんです。」
ソフィアはゆっくりと起き上がった。
真っ赤になった眼から、ポロポロと涙が溢れて落ちた。
「セオドラ様。
わたくしは…わたくしの中にこんな醜い感情がある事を初めて知りました。それは、どんなに抑えようとしても抑えられない…。わたくしの中から、どんどん湧き上がってきます。
わたくしは、こんな自分が悲しくて、辛いです。
苦しいです。」
ソフィアは大きな声で泣き出し、両手で顔を覆った。
ソフィア…。ゾーイに嫉妬してたんだね。
俺がそうさせてしまった…。
俺の不用意な一言がソフィアを傷つけて、嫉妬させたんだ。
そんな事にも気づかなかった俺は、まだまだ…だ。
「ソフィア…。
俺の言葉がソフィアを傷つけてしまったんだね。
軽率な俺が悪かった。許してほしい。」
俺はソフィアが顔に当てていた両手をゆっくりと取った。ソフィアは俺から顔を背けて、泣き続けた。
「俺はソフィアを愛してる。
心から大切に思っている、大事な大事なたった1人の女性なんだ。
でもね、俺達には過去は変えられない。
ゾーイがおれの許嫁だった事も、ここで暮らしていた事も、無かったことにはできない。だって、それは本当の事だから…。
だけど過去はどうあれ、今、俺はソフィアが大好きで、本当に愛している。それは、今だけじゃない。これから先もずっとだよ。ずっと、ソフィアだけを愛し続ける。
ソフィアがこの世で1番大切なんだ。
お願いだ。
バカで軽率な俺を許して欲しい。
俺を信じて欲しい。
俺はソフィアだけを愛してる。
これからも、2人で一緒に幸せを感じるやりたい事をたくさん見つけよう。
いや、一緒に見つけさせて欲しい。
2人でする楽しい事で、頭がいっぱいになるように…。
ソフィアに辛い思いをさせたこんな俺を…許して欲しい。
ソフィア、愛してる。」
ソフィアは頷いて、涙を拭った。
「セオドラ様。
わたくしの大好きな旦那様…キスしてください。
わたくしの醜い感情を、セオドラ様のキスで忘れさせてください。」
うん、やっぱり…ソフィアは可愛い。
俺はソフィアの頬を両手で挟んでキスした。
心配したアリスが部屋のドアをノックして部屋に入って来ても…アランが虫用の葉っぱを持って来ても…俺は人差し指を振って人払いし、キスし続けた。
皆が呆れるほど、ずっとキスしてた。
ソフィアはゾーイが自分の事を分からなくても、会ってきちんとお礼を言いたい、と言った。
「わたくしの心のケジメをつけたいのです。
ダメでしょうか?」
俺はやはりソフィアに甘い。
うん、いいよって言ってしまった。
ジェイクに相談すると、あの村で もう直ぐ "りんごの花祭り" があるという。すっかりあの辺りで顔馴染みになったジェイクの配下の者が、そう言っていたらしい。
その祭りに便乗してソフィアをゾーイに会わせよう、という事になったんだが…。
なぜか話を聞きつけたルークが一緒に行くと言い出した。
「お前は来るなよ。」
妙に感がいいお前が一緒に行ったら、面倒くさいじゃないか…、と思っていると、
「今、私が行ったら面倒くさい、って思いましたよね?
思いましたよね?
ひどいじゃないですか!あの村の生活の糧について調べるようにって言ったのは、殿下ですよ。
村に行ってその報告をしようと思ったのに、私だけ除け者ですか!」
やはりルークは特別な魔力を絶対持ってる!
「お前、やっぱり…人の心も読めるんだな。」
えっ?殿下。本当に私を面倒くさがってるのですか、と藪蛇になり、ルークは文句を言い続けた。
結局、俺とソフィア、護衛のジェイクと騎士を何人か、ソフィアの侍女アリス、準騎士達と団長のローリー、何故か一緒に来たがるルークという大人数で "りんごの花祭り" に行くことになった。
多すぎだろ、という俺の言葉は軽く流された。




